嬉しくてしかたないとき
「〇〇だから嬉しんだ」って
理由を考えてから、嬉しくはならないんです
ただ、嬉しいんです
笑う時もそうです
「〇〇だから可笑しい」って
理由を考えてから笑いません
ただ、可笑しいから笑うんです
だから・・・
イライラしたり
悲しかったり
悔しかったり
も
同じなんです
ただ
イライラしているんです
ただ
悲しいんです
ただ
悔しいんです
嬉しかったり
笑っている時は
ただ
そうしているので
感じきって
味わっているから
「いま」にいます
そして・・・
物語は
「いま」味わって
「いま」完了しています
だから・・・
「いま」に生きているので
力が湧いてくるんです
イライラしている時
悲しいとき
悔しいとき
も
同じく
ただ
そうしているので
感じきって
味わっていれば
「いま」にいることになります
けど・・・
なかなか
そうはならない
そうなんです
なぜ、イライラしているんだろう?
なぜ、悲しいんだろう?
なぜ、悔しいんだろう?
を
考えてしまうんです
つまり・・・
理由をさがしてしまうんです
〇〇だから
とか
〇〇のせいだ!
とか
自分のせいだ!
と、いうような
もっともらしい理由を
探してしまうのです
この理由を創ってしまうと
物語は
「いま」味わって
「いま」完了せずに
味わいきれずに
残ったままになります
つまり
「いま」に生きる
力が奪われて
〇〇だから
〇〇のせいだ!
の物語に力が
移ってしまうんです
こんな感じで
理由がでできたら
それも
ただ
理由があるんだな
と
ただ、感じてください。
こころ(思考・感情)は
とにかく、なにかを
捕まえることが仕事です
思考・感情ができきたら
ただ
ただ
「そうなんだな~」と
浮かんでいる雲のように
ただ
眺めてみましょう!
そうしたら
自然と
力が湧きあがってきますよ
≧(´▽`)≦
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