こんにちは、ほったんです。
今日は秋晴れ。
とはいえ、
台風は来ませんが、
また、ちょっと天候が悪くなるようですね。
そして、
秋はますます深まっていきます。
これから、
何かあると思っていますが、
だから、何だと思うことにしました。
ということで、
今日も福島正伸さんのメルマガからです。
ここから
↓
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
あきらめるのは
信じていないから
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
↑
ここまで
【ほったんの勝手な感想】
いつも、感じているのですが、
「あきらめる」とか
「あきらめない」とかいう言葉をどういう意味で
自分が使っているかということです。
福島さんは、
「あきらめない」ことをとても大事にされている
と思っていますが、
例えば、
ある夢を実現させようと思っても、
どこかで、これはもしかすると、
それは、俺の本当の夢じゃないと気づく人もいます。
そういう人に向かって、
「あきらめたらそこで終わり」
(byスラムダンク)
みたいな言葉を投げかけても、
その人の心に本当に届くのだろうかと思うわけです。
あきらめるという言葉は、
たしか、仏教用語で、
明らかにするというのが、本来の意味だったと思います。
そこから、
諦めるというのは、真理を悟るとかの意味が出てきた
と思います。
成功とか人材という言葉もそうですが、
たいがい語源的な意味は後回しにされて、
その表面的に流れる今信じられている意味で、
その言葉を理解しようとします。
それは、
それで、
言葉の意味は時代によって、
変わっていくものだと思っていますから、
それはそれでいいと思いますが、
その言葉の意味にとらわれ過ぎて、
~しなければならないと思ってしまうのは、
どうかなと思うわけです。
今日の言葉も、
あきらめないという言葉を強調したいように
感じるのですが、
あきらめる時も、実際はあるということです。
その判断基準を自分なりにしっかり持つということですし、
自分がこれしかないと思うならば、
これしかないという覚悟を持ってやり続けるということです。
しかし、
そこで、
大切なことは、
その言葉の意味に自分が惑わされるのではなく、
自分自身が、その言葉を意味づけするということです。
『原因を外に求めるのではなく、
原因は内にあるということ』
です。
最後までお読みいただきありがとうございます。