ほったんです。
とうとう、ドリプラ2011まで一週間になりました。
4年で、こんなにも広がっていくなんて、
思いもしていませんでした。
来年は、
ますます、広がっていくようです。
自分自身、昨年、関わらなかったことを、
ちょっと悔やんでいます。
そして、
今年も、すでに反省ばかりです。
けれども、
こうして、広がっていくことで、
素晴らしい人たちにあえることは、
素晴らしいことだと思います。
そんな素晴らしい人たちの物語を読んでください。
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~ドリプラに心を動かされた大人達の物語~
2011年11月13日に青森ドリプラを終えたばかりの片岡さん。片岡さんの2年にわたるドリプラストーリー。
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「これがドリプラです。」
「これがドリームプランプレゼンテーションです!」
2011.11.13
青森県立美術館で行われた「ドリプラ青森2011」の実行委員長のあいさつ最後の一言。
私は、この言葉を言いたくてずっと走ってきたような気がする。
2010年2月
千田利幸氏との出会い
福島先生の岩手合宿の時に千田さんと初めて出会いました。その時に千田さんは「美容師のドリプラあるけど、やる?」と一言。私は何の迷いもなく「はい」と答えた。
その時はなぜ「やる」と思ったのか、わからなかった。
会社に戻り、社員にドリプラのプレゼンターになることを告げるが、批判の嵐。
「なんなんですか?それ」
「それ、今の片岡さんがやらなきゃいけないことですか?」
わたしは、美容室を2店舗経営させていただいています。そのとき、私が一番やらなければいけない仕事は、二つありました。
一つ目は「部下に尊敬される経営者になること」
2つ目は「商品である社員を魅力的な人財に育てること」
わたしが、夢を語る・・・・
夢を語るだけなのか?・・・・それよりも目の前のことに取り組むべきか?そもそも、ドリプラ自体見たことがない。
夢をかっこよく語って、格好つけるだけのことなのか?
意味はないのか?
理解してもらえないのでは??
そもそも、何を理解してほしいのか??
たくさんの思いが交錯した。
たくさんの反対や批判を背に受けながら、数日後、実行委員メンバーと会うために、主催地の名古屋へ飛んだ。
実行委員長の梅田氏と、ドリメン的存在の坪田氏との出会い。
いきなり夢を聞かれた。
私は・・・・・・いろいろ語ったが・・・・
人前で話すんだ・・・でっかい夢を語ってやろうとおもった・・・・・・・
「中国に行って、日本の美容を伝える!」
そんなことを口走っていた・・・・・
その夢に対して「なんで?」という簡単な問いに、答えられない自分がいた。
それが私のドリプラの真の素晴らしさを知るスタートだった。
毎月のように行われる支援会。
業界ドリプラである「美容師ドリプラ」は支援会も各地で行われた。ある時は青森に来てもらい、ある時は東京、ある時は福岡。実行委員たちは、大変だったと思います。
でも、疲れた様子を見せない彼らを見ているうちに、どんどんやる気になっていく自分がいた。
「よし、もっと自分が何がしたいのか?本気で取り組んでみよう」って思った。
8か月かけて、自分に向き合い、「ビューティーメンター」という言葉が私のもとに舞い降りた。
「人の美学を具体化し、心から人を美しくして、人の幸せに貢献する美容師」それがビューティーメンターなのだ。
自分の過去と徹底的に向き合い、なぜ?なぜ?なぜ?をとことん追求した。
自分の顔を見るのもつらい時期もあった。
その時に浮かんできたのが「母の存在」「仲間の存在」だった。
母は、私が学校で落ちこぼれていても「あんたは頭がいいんだよ」とか、いじめられて帰ってきても「あんたは強い子になるよ」という言葉を私にくれていた。
そして会社の仲間は誕生日の時に一冊のアルバムをプレゼントしてくれた。
そのアルバムには「片岡さんの夢が私の夢です」とか「片岡さんと出会えたことが私の幸せです」などたくさんの「承認の言葉」がつづられていた。
そんなことを思い出したのだ。
私はこんな生き方がしたいと思った。
「人の人生を応援する美容師になりたい」「言葉の力で勇気をもって人生を歩んでいける、お手伝いがしたい」
そう思った瞬間、ワクワクが止まらなかった。
この夢を描き始めたら、社員たちが一人、また一人と応援してくれるようになってきた。
私のワクワクはさらに加速し、青森で私の穴を埋めてくれている社員たちに、自分の夢を聞いてもらいたかった。だから、私は運転手を雇い、スタッフをマイクロバスに乗せて、名古屋に向かった。
そして、「美容師が青森を元気にする」と、2010.11.8美容師ドリプラ当日に熱く夢を語ったのだ。
社員と涙を流しながら、決意した夢をかみしめた。
青森から名古屋まで私たちを運んでくれた運転手も、一緒に感動して共感してくれた。
最高の瞬間だった。
その時わかったドリプラの真意は
「夢は過去の自分と向き合わせ、自分の価値に気付かせる」
「本気で語った夢は、必ずワクワクする」
そしてすぐにやりたかったのは、「ドリプラを青森で開催する」ということ。
2010.12.11
大嶋啓介青森講演会
私は1000人の動員を果たし、大嶋さんの好意で1000人の前でプレゼンをさせてもらった。
しかし、まだ「ドリプラって・・・・なに?」という空気だった。
会う人会う人に、ドリプラの話をした。
すると
「なんか変な宗教?」
「青森には人の夢を応援する余裕のある人は少ないと思う」
「そんなイベント聞いたこともないし、成立しないよ」
正直へこんだ。
でも少しワクワクした。
2011.2.21
ドリプラ青森説明会(青森市)
ごっちゃんと出会い、たくさんのラブアオモリのメンバーの支援を受けながら、始めたドリプラ青森への軌跡が始まった。県内各地で5回にわたる説明会をさせていただいた。3人しか集まらなかったり、15人もの人が聞いてくれたり、さまざまありましたが、
その中で、起きた3.11東日本大震災。
3月12日に予定していた八戸説明会が不可能とになった。まだそれだけならよい。
ドリプラを開催することがいいことなのかどうか?開催の是非を問われ始めた。
しかし、そんな私を救ってくれたのはあるテレビ番組に映っていた、大船渡中学校の男子生徒の言葉
「いままで町はなくなっちゃたけど、これからどんな街になるかが楽しみです」
この一言に「夢を語り、応援しあう社会を促進すること」それが被災地のためでもあり、東北の人のためになることだと思ったんです。
私の使命を感じました。
そして、実行委員の仲間の力を借りて「ユーストリーム」ドリプラ説明会をして、八戸の人たちに訴えかけた。その後、八戸現地での説明会も実現できた。
そして、9名の勇者(プレゼンター)が集ったのだ。
「できるかどうかわからない」から「絶対にやりきる」に変わっていた。
支援会がスタートし、みんなに自分の知っているドリプラの魅力を精いっぱい伝えた。そして、プレゼンターの思いを聞いた。支援会に共感して、どんどん実行委員の仲間が増えていった。最後には実行委員の運営メンバーが25人になった。
感動的だった。
支援会を重ねるたびに、プレゼンターが涙を流しながら、自分と向き合う。自己開示できなくて、自分の夢が真っ白になる。そんなプレゼンターが何人もいた。
でも、私たちはあきらめなかった。「人の夢を応援するって、こんなに素敵なんだ」と悟った仲間たちが、互いを支えあい、本気で取り組んだ。
「自立した人間になることは、夢を叶える人間になること」
「今できることをやる」
「支援が集まるから夢がかなうのではない、あなたがワクワクする夢を描くからみんな支援したくなるんだ」
「夢に大きい小さいの定義はない」
「なぜあなたがここにいるのか?なぜあなたは夢をあきらめないのか?」
「あなたの夢で、どんな人にどんな価値を提供しますか?」
「ワクワクは叶う、ドキドキは叶いにくい」
「ないもの以外すべてある、あるものに目を向けよう」
「自立型のリーダーとは、自分の価値に気付き、迷わない人」
たくさんのメッセージが支援会をするたびに生まれた。そして、みんなで成長した。その姿を見て、ごっちゃんも世界大会のエントリーを決意してくれた。
涙が出るほどうれしかった♪
そして何よりも・・・・・・
どうしていいかわからないまま始めたドリプラ青森だったけど、プレゼンターみんなが自主的に自分のできることをやり始めたこと。わからなければ「わからない」と聞いてくれたこと。自立人間への成長の兆しプレゼンターにも、自分自身にも感じ始めた。
大会当日まで30日を切ったあたりからめまぐるしく、勝手に、ドリプラ青森の成功へのストーリーがはじまった。
最初は夢を描くことの意味さえも分からなかった私たちだけど、今は、夢を描くということは「過去の自分と向き合うことなのだ」と胸を張って言える。
なぜなら、みんな同じ体験をしたから。
驚くほど、自分が深く納得できるストーリーを描けたときに、人は疲れを忘れてしまう。そして、支援の輪がますます広がる。自分の仕事の時間を割いてでもプレゼンターの夢を支援する実行委員メンバー。その思いにこたえるために、徹底的に自分と向き合うプレゼンター。そして、ただそばにいて励ますパートナー。
とにかくおこるすべての出来事が感動的だった。
2011.11.13
ドリームプランプレゼンテーション開幕。
満員御礼
福島先生は、ドリプラにかける思いや、自立人間として成長する大切な話を参加してくれたお客様に伝えてくれた。
そして9人の夢
会場は今まで体験したことのないような、感動的な空気が漂う。
感動の涙であふれだす。
ごっちゃんの用意してくれた「涙をふくタオル」が売れだす。
「ドリームシェアハウスで母子家庭を救い、子供たちに輝く未来を」工藤秀之
「青森のどうしたい?を県民全員から聞き、かなえるプロジェクト」高橋潤成
「お父さんへのありがとうに気づく、ユメココ学校」杉山明子
「青森の自然から自分の可能性を見つける旅」斗沢明子
「どんな農業だっていい、農家独自の価値を輝かせる農業フリーダム」野月哲也
「サッカーを通じて、子供たちの夢を応援し、認め合う社会づくり」貴田竜
「楽しい会社、幸せな会社には人が集まり、一つの街になる、ミツオワールド」中村美津緒
「動物たちの思いを人々に伝える、動物たちへの恩返し」保木千春
「お母さんが笑顔で輝けば、家族も子供たちもみんな幸せ、カッチャート」高橋隆子
誰一人99%のプレゼンターはいなかった。
全員100%のプレゼンだった。
一生分の涙を流したような気分だった。
ドリプラの素晴らしさ、ドリプラの影響力、ドリプラの本当の意義が、伝わったと確信しました。
夢を聞くために3500円というお金を払ってきてくれた、お客様へ
100キロ以上も離れた場所から応援に駆け付けた、お客様へ
そして、私のことを支え続けてくれたわが社の社員へ
あきらめないで夢を描き切ったプレゼンターへ
あきらめずに支援し続けた実行委員のメンバーへ
最後に私が一言伝えたかったこと。
「これがドリームプランプレゼンテーションです。」
美容師ドリームプランプレゼンテーション2010プレゼンター
ドリームプランプレゼンテーション青森実行委員長
片岡誠司
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「夢に挑戦する大人に、子どもは心を奪われる。」
ドリプラ2011世界大会 12月10日(土)開催!
ドリプラに心を動かされた大人たちが運営する
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~ドリプラに心を動かされた大人達の物語~
2010年プレゼンターの「おやじ」こと薄井さん。ドリプラは「相互支援だからスゴイ」と言う。
ドリプラに来るとみんなが思うことがある。「なんでみんなそんなに他人の夢を応援するんだろう?」
でも、その支援があったからこそ「真おやじ塾」は生まれました。
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真おやじ塾 薄井修司
私がドリプラという言葉に初めて出会ったのは去年の3月ですから、まだ一年半ちょっとです。私の会社の取締役であり支援者の木原さんから「修司さん、夢ありますか?」という一言からでした。
「あるよ。友達を鬱で失ったから、学生時代にやってたキャンプでおやじが元気になったらいいと思ってるねん。」
「それやったら、ドリプラ出たらいいじゃないですか!」
「ドリプラって何?」
夢はあるけど、中小企業の経営って大変ですから、そんな暇ないと思っていました。彼の一言から、その夢の説明をしているうちに大阪ドリプラで発表してみようという気になりました。
そこからは全く別世界へ足を踏み入れたような気分でした。
最初はまだ、ドリプラの一番大切な“相互支援”ということが判かっていませんでした。発表する以上は良いものを作りたいから、自分のことで精いっぱいで没頭しました。そんな中、多くの人に関わって頂きました。なんで人の夢のためにみんなボランティアで集まってここまでできるんやろう。自分のプレゼンがボランティアなんですが、それは自分のやりたいことです。人の夢のために必死になってる姿に驚かされました。
大阪ドリプラでの発表を終えてみると、プレゼンター仲間や支えてくれたスタッフと一緒に来れたことが実感できました。そして、みんな同じ気持ちでした。
これが、ドリプラなんや!
世界大会では本当に多くの仲間ができました。プレゼンター・ドリメン・運営スタッフ、全てが支え合うプロセスが大事でした。大変な準備・作業、自分の夢のために多くの人が関わってくれていることへの感謝しかありませんでした。だから頑張れました。夢も成長していきました。最終支援会の1週間前、半分以上作り変えました。3日前にも大きく変えました。前日もやはり変えました。予選と本選の間も寝ずに手を加えました。多くの応援してくれている仲間がいたからできた事です。本気で応援してくれているから、人の夢の為にここまでしてくれているから、プレゼンターとして妥協できない。だから、どんどん夢が成長していくんです。これがドリプラだと実感しました。
でも、それだけではありませんでした。
いざ本番、夢の舞台に立たせてもらえて感動しました。ずっとこのままでいたいような素敵な時間と空間でした。愛に溢れていました。感謝しかありません。千枚以上のメンターカードを読んで、涙が止まりませんでした。
しかし、これがゴールではありませんでした。
たくさんの応援であるはずのメンターカードに私は動けなくなりました。
「いますぐ夫を真おやじ塾に入れてください。」
「お父さんが心配で、助けてください。」・・・・・・・。
メンターカードを通して多くの方々の悩みがそこにありました。
「ほんまにみんな苦しんでるんや」
真おやじ塾に必死ですがりたい気持ちが伝わってきました。
「そんな皆さんを真おやじ塾で本当に救えるんやろか?」、思いが伝われば伝わるほど、動けなくなりました。
しかし、前に進もうと思えたのもメンターカードのお陰でした。メンターカードを何度も読みました。苦しんでいるみんなの力になるための真おやじ塾のはずです。
動くことを決めました。
ウツの友人に参加してもらってキャンプを実施しました。喜んでくれました。出来ることとして東日本震災ボランティアを行いました。関わってくれたみんなも応援してくれました。同期のプレゼンターの頑張りが励みにもなりました。誰かのために、今、自分に出来ることをやる。おやじを元気にするために這ってでも進み続ける気持ちです。
ドリプラに出会っていなければ「真おやじ塾」はこの世に存在していません。発表の場だけではなく、相互支援こそがスゴイ仕組みだと思います。誰かを応援することだから応援してもらえる。相互支援だから、進み続けるんです。この仕組みを創りだされた福島先生に大感謝です。実際に支えておられる全スタッフに大感謝です。
本当にありがとうございました。
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「夢に挑戦する大人に、子どもは心を奪われる。」
ドリプラ2011世界大会 12月10日(土)開催!
ドリプラに心を動かされた大人たちが運営する
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最後までお読みいただきありがとうございます。