森で感じたことを生きて祈って | Everyday is a new day!

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「本当の自分」と出会いたい
そして、あたたかくて、優しい毎日を
すっきりと幸せに生きたいと思い
学んだことを実践した記録です

 

 

こんにちは
memrera(メムレラ)です。

*私が動物との記事を書くことの
はじまりはこの記事からです。
「私にとっての動物と生きること」

 

昨日は我が家の

ミカンとカイガラムシについて

書いてみましたが、

 

今、日本の森でも

「ナラ枯れ」という現象が

広がっていることが

問題になっています。

 

コナラやミズナラなどの

ブナ科の木が枯れてしまうこの現象。

 

その原因のひとつに

カシノナガキクイムシという

小さな虫の存在があげられています。

 

この虫が、

樹齢50年以上くらいの

大木の幹に穴をあけて、

ナラ菌という菌を植えて

それをいただくのですが、

このナラ菌が木の栄養を

いただくので枯れてしまうわけです。

 

大木が幹から樹液を流して

立ったまま枯れていく様子は

ある意味衝撃的で悲しく感じられました。

 

その姿を見て、

私はいろいろなことを

胸で感じていました。

 

例えば、

この巡りがこの森や

地球にとって必要なことで

あったとして、

 

それでも、

この悲しいような、

苦しいような感覚は、

私に何かを届けてくれている。

 

それはなんだろう?

 

そこを感じていました。


今、目の当たりにしている

この現象を以前調べた時に、

 

地球の温暖化

森と人との関係の変化

 

この2つが

主な原因として

あげられていました。

 

 

キクイムシは

あたたかい気候を好みます。

今年も6月から、

ものすごい暑さですが、

この温暖化でこの虫が

全国的に増えているようです。

 

また、

以前は、森と人との距離が近く、

森の木を切って、

私たちの暮らしのために

大切に使わせていただいていました。

なので、

キクイムシが好む「大木」にはならず、

森がいつもフレッシュに循環して、

立ち枯れということには

なっていなかったようです。

 

でも今は、

森や山と人は、

少し距離が離れてしまったので、

巨木や大木が

増えてしまったことで、

虫が暮らしやすい環境が

できてしまっているんですね。

 

 

そのことを想いながら、

私のいのちが

何を受けとりたいのかを

自分の内側に感じていた時、

 

ガイドさんが、

ふわりと隣にきて、

 

「本当にありがとうですよね」

 

と、言いました。

 

その時、

私はハッと目が覚めたようでした。

 

私はそれまで、

届いてきたいのちのメッセージを

受けとろうとしていたものの、

 

人が温暖化を進めてしまい、

人が森を放っておいてしまったような

そんな罪悪感を抱えたままでした。

 

でも、その場所からは

メッセージは届いてこない。

 

罪悪感や嫌悪感を解放して、

そして、

目の前のいのちたちに

ただ、敬意をもって感謝する。

 

そのことにスーッと入ると、

この現象が、

いのちの巡りの1つなのだと

こころから感じられるようになりました。

 

木がどんどん大きくなると、

その下には日の光が当たらず、

新しいいのちが生まれることがない。

森の循環がとまってしまう。

 

そのフレッシュな循環のために

以前は人がいましたが、

今は虫がきてくれる。

虫が開けた穴からの樹液は、

森のいのちを育んでいく。

そして、また、

新しいいのちが生まれていく。

 

その大きないのちの輪が

目の前にイメージできて、

そして、今は、

その巡りの中に「今」なのだと

わかることができました。

 

そして、

このいのちたちの

美しくて尊い巡りが、

どのいのちにとっても

幸せでありますようにと

こころから祈りました。

 

それからの私の生活には

少し変化がありました。

 

私の家が森だとしたら、

どのいのちも

イキイキと生きている、

フレッシュな気が巡る

そんな森にしていくこと。

 

そんなイメージをひろげて。

 

「もったいない」と言って、

使いもしないのに

しまい込んでいるものたちを

感謝をもって手放しました。

 

そして、

「もったいない」と言って、

我慢していたこころ魅かれた

者たちをいくつか新しく

我が家に迎えました。


私の生き方と

森はつながっているから。

 

私が森の中で祈った生き方を

私がここで過ごすこと。

 

そのことで

森といのちたちへの

祈りにしています。