高齢犬の放棄に思ったこと | Everyday is a new day!

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私が私を生きてみようと思っています

こんにちは

memrera(メムレラ)です

 

*私が動物との記事を書くことの
はじまりはこの記事からです。
「私にとっての動物と生きること」

 

 

ここのところ、

高齢の犬を飼いきれないという

お話を何件か耳にしました。

 

我が家にも

17歳くらいのトイプードルがいますから、

その状況は少し、想像できます。

 

夜に吠えてしまう。

夜眠らない。

トイレの失敗が増える。

落ちたり転んだりするから心配。

 

などなど・・・

 

このお話を聞いて、

私の胸はザワザワして、

そして、自分と向き合いました。

 

確かに、ペットが年齢を重ねることで、

今までのようにはいかず、

変わっていくことはたくさんあります。

 

もしかしたら、

感情の解放と出会う前の以前の私では、

高齢犬のお世話を苦痛に思ったり、

面倒だなとか、

苦労するなぁ、と、思ったりすることも

あったかもしれません。

 

でも。

 

感情の解放を知って、

自分の「よい」と思えるところも

自分の「いやだ」と思っていたところも、

全部、受けとめて、

全部、受け容れて、

 

自分の存在を「よい」「いやだ」ではない、

この世界も「自分のいのち」も

「いのち」として、

あたたかい愛の視点で

見つめられるようになりました。

 

私の内奥にある

ずっと変わらない「愛」の場所、

 

神様や宇宙、すべてのいのちと

つながっているこころの真ん中の場所と

 

「つながりたい」

「感じたい」

「その場所で生きていきたい」

 

と、自分と向き合い始めたら、

どんな自分も否定しなくなりました。

 

否定するのではない。

でも、そのままでいいと思うのとは違う。

 

その「違い」が理解できてから、

私は変化し始めました。

 

自分を好きになりたい。

私の中の愛に向かいたい。

この人生の幸せに向かいたい。

 

そう意識することは、

「今は」、

それができない自分と向き合うことになります。

 

でもそれは、

「だからだめなんだ」

「やっぱり私はこうなんだ」

 

と、

できない自分を証明するのではなく、

できないことを身に染みてあきらめるのではなく、

 

その私の「ダメ」「あきらめよう」という

その感情を解放することで、

本当の自分が、

自分のいのちが向かいたい方向に、

「行きたい」「生きたい」という

自分のこころの声を明確にして、

 

「では、それはどうやったらできるだろう」

と、エネルギーを前にだして、

その自分に向かっていく一歩になっていきました。

 

そして、

自分自身とそんな風に向き合えるようになると、

 

周りのいのちとの向き合い方も

少しずつ変化してきました。

 

猫たちや、犬たちを、

「私の思う幸せ」の感覚や目線で見るのではなく、

猫たちや、犬たちの

「いのちにとっての幸せ」で

感じたいと思うようになりました。

 

そしてそのことで、

 

「お世話してあげている」

「里親として幸せにしてあげないと」から、

「愛することを教えてもらっている」

「出会い、一緒に暮らしている」という

意識の変化が大きくありました。

 

意識が変わると、

毎日の食事やケアは、

「やってあげないと」という義務感はなくなり、

ただ一緒に暮らしているという

リラックスしたものになりました。

 

そして、

年齢による変化も。

 

ソファに上がれなくなったり、

歩いていて転んでしまったり、

スミにはまって立ち尽くしていても、

ぐるぐる回っていても、

遠吠えしてしまっても、

食べ物をこぼす量の方が多くなっても。

 

ただただ、愛おしいと思います。

 

朝、目が覚めて

となりにいてくれることを

本当にありがたいと思います。

 

すべてのいのちがお幸せでありますように

 

そんな祈りをもっていた私が、

ある時、

「その「すべて」の中に自分も入っていますか?」

そんなお話を聞いた時、ハッとしたことを

今でも覚えています。

 

そして、

その時の私はどうやればいいのだろうと

思ったことも。

 

でも、今の私には、

自分のいのちを愛するように、

目の前のいのちを愛するんだということが

わかります。

 

できてもできなくても

よいも悪いもない

正解も不正解もない

誇りも恥もない。

 

できるから好きも、

できないから嫌だもない。

 

ただ、そのいのちが

「愛」として存在しているだけで、

そして私にとってはかけがえのない

大切ないのち。

 

感情の解放を重ねて、

自分のいのちのことも

周りのいのちのことも、

そうこころから思えるようになってから、

 

今までの私にとっては

少し生きるのが大変だと思えていたこの世界が、

とてもやさしく感じられるようになりました。


涙があふれるような愛おしさに

胸が熱くなる、そんな世界になりました。

 

 

お散歩を今か今かと心待ちにしているところ