箕輪城跡
100名城 No.16 箕輪城
群馬県高崎市箕輪町西明屋
箕輪城は1513年長野成尚によって築城されました。
その後4代に渡って長野氏の本拠となりましたが
1566年に落城、武田氏の支配となりました。
1582年武田氏滅亡後は滝川→北条→井伊直正と城主が変わりました。
1592年井伊直正は高崎城に国替えとなり、箕輪城は廃城となりました。
城巡りを始めて、初の雨の散策( ;∀;)
行こうかどうしようかすごく迷いましたが”高崎は曇り予報”を信じて(-_-;)
でも、残念ながら傘をさしての見学となりました。
年末、雨、城と言っても天守があるわけでもなく・・・
人っ子ひとりいない(^^;
無料駐車場は他にもありますが
私たちはここ(地図の現在地)、
東側にある史跡箕輪城跡駐車場に車を止めて(トイレあり)散策開始です。
搦手口
裏門にあたります。ここにも馬出がありました。
長野氏時代から北条氏時代までは当時の情勢から考え、
ここが大手口(表口)だったと考えられています。
井伊氏時代に城の南方に城下町が出来てからはこちらは搦手口となったそう。
大堀切
写真だと全然伝わりませんが・・・(^^;右手がそうです。
木俣
郭馬出の南にある曲輪です。
家臣団の屋敷地の一つと思われています。
少し行くと郭馬出西虎口門が見えます。
が、先に門の左手前の階段を下りて堀切から
復元された土橋と石垣を見に行きます。
郭馬出西虎口門に戻ります。
平成14年の発掘調査で礎石全てが残っているのが確認され
平成28年に復元されたものです。
西虎口門を抜けると郭馬出です。
周りには土塁が盛られています。
土橋の上を歩いて二の丸へ。
本丸と二の丸を隔てる空堀
本丸門馬出
本丸
本丸にある箕輪城跡碑(写真後ろに木橋、復元工事中の為渡れず)
御前曲輪
本丸の奥(詰)にある曲輪です。
余談ですが、御前曲輪あたりに来る前から何となく獣臭が(;'∀')
あちこちに出没中の話題のクマさんがここにもいるんじゃないの?
って少し不安になりましたが
土を掘り返した跡があちこちにあったのでたぶんモグラさんがいるんでしょうね~。
と勝手に納得しました。
落城の際、城主は自刃し、一族郎党後を追ったのはこことのこと。
落城の間際、武田氏による辱めを避けるため
長野氏累代の墓をこの井戸に隠したと伝わっているそうです。
発掘の際、墓石が出て来たそうです。
御前曲輪西虎口門跡
本丸北側の堀に戻って堀底を歩きに行きます。
本当は雨の中堀底は歩きたくないのですが( ;∀;)
現在本丸西側に復元されている木橋が復元工事中の為渡れないので堀底から見に行きます。
橋を渡った先にある蔵屋敷
本来なら橋を渡ったところにあるここから堀底に降りて行けるはずですが
橋を渡れないので遠回り(-_-;)
雨、傘、爺ちゃん婆ちゃんには苦難の道(笑)
もはやどうやって橋の下にたどり着いたのが記憶がありませぬ~(^^;
と思うほど、雨の散策は厳しかった~。
堀底は快晴の日にのんびり歩くと気持ちよさそうです。
堀から見上げる木橋は圧巻。
反対側から。
堀底より。
三の丸
ここで終了としました。
やっぱり雨の日はな~という感想。
壮大な堀切りは圧巻でしたが雨降ってない日に来たかったな~と思いました。
この後、ここから車で5分くらいのところにある
箕郷公民館へ行き、100名城スタンプを頂きました。
隣接する高崎市箕郷支所でもスタンプはもらえます。
箕郷支所ではパンフレットとかもらえるみたいですが
私たちは開館時間より前に現地散策に行きましたのでスタンプのみ頂いて帰りました。
























