インストラクターコースのパンダちゃんマグとゾウ列車 | ポーセラーツ&シュールデコール【Atelier Memory】の教室ブログ 栃木県宇都宮市

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先日、いつもお世話になっている方へ感謝をこめて、何がいいかしら・・・?と考え、急きょそのお子さんの為にポーセラーツでお茶碗を作ってプレゼントしました。

はるくんは、可愛い保育園児。
鉄道が好きかな?車かな?それとも、海の生き物?動物??
送る相手を想像しながらの、作品作りというのもポーセラーツの楽しみかたの一つです。

そして、私が選んだサーカスの限定転写紙。
列車に乗った動物や、ピエロ、楽しそうなゾウ。



はるくん本人には会いませんでしたが、ママがそのお茶碗をみてビックリ!
昨日、はるくんとママはゾウ列車の歌とお話を保育園の園児のみんなと大きな会場で聞いてきたばかりとのこと。
ピエロもいたし、ゾウも列車も、その聞いた歌と同じお茶碗だったので、とっても喜んでもらえましたが、作った私自身もビックリ!(写真を撮っていなかったので、アップできませんが)


『象列車』???初めて聞きましたが、象を運んだ列車なのかしら??と想像するばかり。
実は戦争の頃の、有名なお話のようでした。

象列車(ぞうれっしゃ)とは、太平洋戦争中に日本の動物たちが処分されたため、名古屋市営東山動物園に唯一残された象を見たいと願う子どもたちのために、敗戦後のアメリカによる占領下の1949年(昭和24年)に、各地と名古屋の間を走った特別列車のことである。象を輸送するための列車ではない。

戦時中には観覧休止になっていた動物園も、戦後情勢が落ち着くにしたがって観覧が再開された。しかし、象を含む猛獣・大型動物は命を落としており、全国どこの動物園も小動物しか存在しない状況になっていた。東山動物園も例外ではなく、戦争を生き抜いたのは279種961点のうち、象2頭・チンパンジー1頭・鳥類が23羽のみであった(数字は東山動物園公式HPによる)。

1949年(昭和24年)に当時の上野動物園園長であった古賀忠道が、更に2人の台東区子ども議会を代表して中学生2人(中学1年で議長を務めていた大畑敏樹と、師範附属中学校2年生で副議長の原田尚子)が、東山動物園長の北王英一を訪れ、象を東京に貸してもらえないかとそれぞれ請願を行った(日本国内で戦争が終わるまで象を生き延びさせたのは、東山動物園のみであった)。2人は名古屋市長の塚本三にも同様の請願を行った。

しかし東山動物園に残っていた2頭の象(「エルド」・「マカニー」)はいずれも高齢化しており、また貨車で送るには2頭をそれぞれ別に乗せる必要があったが、2頭を引き離す実験を行ったところ、暴れだしてついには象舎の鉄壁に頭をぶつけて血を流したため、東京へ貸し出すのは断念せざるを得なかった。しかし、子供達に象を見せたいという気持ちは園長や市長にもあり、結局東京へ送る事が不可能ならば、逆に子供達を東山動物園へ送ろうという代替案が塚本市長などから出され、これが「象列車」運転の運びとなった。
(ウキペディアより抜粋)


人気者のぞうを見て、元気をもらった戦後の子供達。そして、そのお話を聞いた子供達が大きくなった時代には、争いのない平和な時代になるように、戦争を知らない私達大人が伝えること、希望ある世界になることを願わずにはいられません。

というわけで、動物園の人気者といえば、ぞうは勿論のことですが、パンダも外せません。

こちらは、茨城からお通いいただいているインストラクターコースの生徒さんの作品です。


大好きなパンダちゃんを上手に作られています。単色転写紙で作る、オリジナルパンダちゃんも、味があって可愛いですね。


それでは、明日からまた一週間頑張って参りたいと思います。
素敵な一週間が始まりますように。







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