「お骨の行き場所」
というブログを書こうと思って
「おこつのいきばしょ」
と入力したら
「遺棄場所」
「遺棄場所」
と変換されて、ギョッとしました。
それについて書こうと思っていたので・・・。
百年に一度の不況、といわれる昨今
葬儀の価格も下がり、お墓も売れなくなってきています。
葬儀は火葬のみが増え、
お墓は永代供養墓や納骨堂、散骨が増える。
お金をかけても、かけなくても
その行為に送る人の心がこもっていて
周りとの調和や、人間関係を大切にする配慮があるならば
立派なお別れだということはいつも感じています。
でも、最近はお骨が捨てられることが増えている、と聞きました。
わざと、いろいろな場所に置き去りにするケースが
あとをたたないのです。
人は亡くなると、「物(物体)」として判断されるようになるそうです。
飛行機で遺体を空輸する時も、法的には貨物扱いになり
荷物とともに運ばれます。
お骨も同じで、忘れられれば「遺失物」です。
置き去りにされて、遺失物用の部屋の棚に保管され
お骨は、さすがにゴミにはできず、公営の納骨堂などに移され、
最後には無縁墓に入れられるようです。
(地域により異なります)
色々な事情があり、
中には生前の恨みつらみもあるのかもしれません。
捨てる方もつらい気持ちもあるでしょう。
捨てても、最後にはどうにかしてくれるんでしょう?と安心するのでしょうか?
お骨はとても寂しい道をたどって
その処置に関わる人にも、寂しい残念な思いを
抱かせることになるのですが。
ただ、自分が関わった事は自分に縁があること。
それをどう捉えるか、辛くてもどうにか大切にしてあげるのか
切って捨てるのか。
今は、探しようによっては
納骨までセットにして安価な葬儀をしてくれる葬儀社さんや
本当に困ったかたのためのNPOなどがあります。
また、真剣に耳を傾けてくれるお寺など、
真剣に探せば、巡り合える可能性が高いのです。
(うちでは紹介していません。ごめんなさい)
自分でどうにかしたいと思い
自分で探してみることも供養になると思います。
そして、人を思って行った供養は、
必ず回りまわって、自分を守ってくれると思っています。
kiyomi☆