正直に書きますが


人の心は変わります・・・。


手元供養でご遺骨をずっとそばに置きたい、という場合
お子様のお骨や、ご両親、ご兄弟のお骨の場合は
あまり問題はないと思いますが


「配偶者」

の場合は、もし気持が変わったら
さし上げられるお身内(お子様など)にゆずられるか、
海への散骨(わずかなお骨ではありますが)
など、ということになるかと思います。


なんでこんなことを書いたか、というのは
当社でお付き合いのある橋爪さんというエンバーマー(エンバーミングの専門家)
のお話を思い出したからです。


海外での話ですが、
エンバーミング(ご遺体の長期保存処理)をして眠っている
奥さまをお墓から掘り出して火葬し、海へ散骨したい、
とのお話があったので


橋爪さんは、ご主人が引っ越しをされるのかな?と思ったところ
実は、新しい奥様を迎えられるので
お墓を新妻のためにあけておきたい、との話で
複雑な心境になった、とのことでした。
(「エンバーマー」という書籍にも書かれています)


・・・この例はちょっとショッキングでしたが、
十分、ありえる話ですね。
残された方は生きているのですから。


ただ、新しく一緒になる方が出来た場合でも
前の配偶者の手元供養品も大切にしながら
一緒に生きていこうね
と言ってくだされば一番幸せですね。


また、自分に万一のことがあった場合の手元供養品については
将来ご自身と一緒に送ってもらえるように
周りの人にお願いしておくとよいでしょう。
kiyomi☆

仏壇は死者が出たときのみに購入するものではありません。
中には、仏壇をお位牌の安置場所と思っている方もいますが、
仏壇の中心は「本尊(ほんぞん・仏様という場合も)」。

木の像や掛け軸など、その宗派の信仰の対象物です。


この宗派の信仰をまもります、というお約束のもと
その宗派にあった本尊を家に迎えるために、
本尊のおうちとして仏壇を購入するのです。


仏壇業者さんは
「仏壇は情操教育にいいですよ」と口を揃えます。

親が仏様やご先祖さまに手を合わせる姿に
子供もよく分からない、「大きな何か」の存在を思うのでしょう。
物事の順序や礼儀作法も学べます。


・・・だからと言って、仏壇があって両親が信仰心が篤くても
子供がすべてよい子のまま行かないのがこの世の中。


子供は、やるときにはやってくれます!
本人の資質もありますし、
環境が子どもの後押しをして止められない場合もありますね。
子供にとって必要な、通らなければいけない道の場合もあると思います。
(以上、実感)


そして、中には施設に入る子供もいます。
人から聞いた、ある施設での話。
(話の出どころを忘れたので、話半分に聞いていただければ)


施設を勝手に出て行ってしまう子が多いのですが
そのうち、何割かは思い直して帰ってくるそうです。


帰ってくる子と来ない子の違いはなんだろう、と調べてみたら、
帰ってくる子の家には、ほぼ100%仏壇があった、
ということ。


上のほうから「何か」に見られている、と感じたり
「何か」に帰りなさいよ、と言われたのでしょうか。


親が「何か」に感謝して敬う姿を小さい頃から見せることは
子供に少なからず影響を与えるようです。
毎日手を合わせる仏壇や神棚があるということは
やはり、子供にもよい環境のようですね。



でも、子供のことで悩んだとき、
家の中で、子供を信じて祈って待てる「場」があることは
親にとってのほうがありがたい環境なのかもしれません。


kiyomi☆

葬儀のあとのよろず相談を電話で受けているのですが
最近多いのがお盆の行い方です。

でも、お盆のやりかたは、一本化はしていません。

地方やお寺さんによって方法が違うので
お寺に聞いていただくのが一番なのですが
お寺に聞くのが気が引けるから、
私どもにお電話をいただいてるわけです。

どうにかお役に立ちそうな情報を
お伝えしようと頑張っているのですが、
今日のご質問は分からなかった。

「迎え火と送り火はどの方向からまたぐのですか?」
(・・・・・・・・!?)

恥ずかしながら、またぐことすら知りませんでした。
急いで調べると確かにまたぐ風習はある。
たいていは3回またぐらしいですが、方向までは分からない。

ご近所で皆さんまたいでいる、とのことで
申し訳ございませんが、ご近所の年配の方などにお聞きいただければ・・・
とお願いいたしました。
(ああ、役に立たない相談員(TT))

なんでまたぐのか?
風邪をひかない、とか1年間無病息災になるとか
3回またいだ瞬間にご先祖様が帰ってくる、とからしいですが
本当のことは・・・わかりません。

だいたい、仏事関係では「本当」ってなんだろう、と思うくらい
「いわれ」がたくさんあるのです。

社内のYさん(男性・東京23区内東部在住)によると、
「うち、毎年またいでますよ。シモ(失礼m( _ _ )m)の病気にならないとか、
 男性は強くなる(m( _ _ )m)とか言われてるけど」
とのことです。・・・かなり煙のあたる場所と直結・・・。

ちなみにYさんは非常にお元気です。

さて、先日のお盆のブログを見たあるお坊さんから、

「お盆のいわれは、
お釈迦さまが「7月15日」に僧侶に飲食を供養することで、
餓鬼に落ちた人を救われるとお説かれたことによるのだから
「7月15日」という日付が大事。」

「旧暦の7月15日は、今年は9月3日です。
いわゆる8月のお盆は、ただ新暦のひと月遅れということになります。」

とのご指摘をいただきました。旧暦では9月3日。

だとすると、8月15日はなんの日でもないけれど
霊の方々は、生きてるものがせっかくお盆をしてくれるから
帰ってやるかー!という気持ちで
帰ってきてくださっているのでしょうか。

帰ってきてくださる方々は思いやりのあるご先祖様ですね。
丁寧にお迎えいたしましょう。

kiyomi☆


















心身が疲れたとき、
私が「会いたい!」と思って駆けつける相手は・・・整体師さんです。


まず、体の歪みを直さないと心の疲れもとれません。
(健康保険がきくから安いし)


施術を受けながら
忌野清志郎さんが亡くなりましたね・・・
などと話していたとき。


そういえば、芸術家の背骨は治すな、とか言われてるんですよ。
芸術家は背骨が曲がっていると言われてます。


と、整体師さん。


(治すと芸術性が失われる?)


整) でも、自分は芸術家は曲がっているか、まっすぐかだと思うんですよ。
   忌野清志郎さんは曲がって、坂本龍一さんはまっすぐと思うんですよね。


(私は太宰治が曲がっていて、夏目漱石がまっすぐな気がする)


整) 忌野清志郎さんもね・・・自転車に乗らなければよかったのに
   もっと、体がもったんじゃないかなあ。

(?)


整) 自転車は体に良くないんですよ。あまり乗ったらだめですよ。
  (自転車業界のかた、ごめんなさい)


なんでですか?と聞いたら(しまった・・・)ふふふと含み笑いをしながら
人体模型図(理科室にある骸骨)をがらがらと引きずってきて
丁寧な講義が開始しました。


・・・かいつまむと、
足を地につけない不自然な運動である為、背骨(上)からの力と
下(サドル)からの力がかみ合わず、しかも震動が来るため
体全体に悪影響があるそうです。
(かいつまみ過ぎて怒られそう)


買い物や日常で便利に使うのはいいけれど、
自転車ばかりに乗って頼っては良くない。
なんといっても歩くのが一番。

1日40分以上は歩くことが大事!
ここのところをいつも耳にたこができるほど言われます。


常に地に足裏を付けているのが一番だそうです。
椅子に座るときも、椅子が高ければ台をおいてね、とのことです。


また、背骨もまっすぐが良いわけではない。かえってダメ。
ダンサーさんとかはまっすぐな人が多いけれど、腰などが悪い。
適度なカーブが必要とのこと。


つまり、芸術家はどっちのタイプも体がきついのですね。
素晴らしい才能の代償なのでしょうか?
もし、本当ならつらいですね。


かなりすっきりして体が軽くなった帰り道、
自分は芸術的センスがなくても、体が健康な方がいいかなあ、
と思いながら、いつもよりたくさん歩いて帰りました。


kiyomi☆

お坊さん数人と雑談をしていて
お盆は何月ですか?というお話になりました。

「うちは7月」(東京23区内)

「うちは8月」(千葉県・神奈川県)

「うーん・・・家によりますね」(都下)

でもなんとなく、8月って感じしますよね。と話すと
「7月っていうと、まだご先祖さんを迎えに行ってないけど?
 って言われちゃった」
「何しに来るの?とかね」

そんな時はなんて言うんですか?
「・・・お仏壇訪問です」(シャレのきくご住職です)

さて、なんで分かれるのかというと、仏教的な思想とかではなく
人様の都合のようですね。

7月では農家が忙しいとか、
都市部の人は8月のお盆の期間に田舎に行くので
都市部は7月とか、そんなところが中心のようです。

もともと、日本人の宗教感はやさしい、というかゆるい、というか
なんでもアリという感じでした。

神様も仏様も一緒にお祭りやっちゃえ、とか
神様の行事と仏様の行事を混ぜちゃえ、とか
七福神だってもう、福の神ならなんでもいい、という
豪華な顔ぶれを庶民が揃えてしまったようです。
(中国の神様もおいでですし。)

だから、(私個人の考えとして)
7月だから、ご先祖がまだ家に帰らないに違いないとか
8月に田舎に行かないとご先祖様に会えない、とか
そんなことは全くないと思うのです。

ご先祖様はいつでもそばにいらして、
供養したいと手を合わせれば
どこにでも飛んできてくれる。

ただ、いつもは忙しい人が多いし、みんなで供養した方が
生きている人のためにも素敵なことだから
お盆、という機会をいただいている。

そんな風に思えば負担も軽く、明るくお盆を迎えられる気がします。
ご先祖様に手を合わせている瞬間は
きっと、自分をも振り返っている瞬間ですね。

お盆はご先祖様からの、すてきなプレゼントだと思います。
kiyomi☆