劇評まとめ4 | メメントCの世界

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劇評まとめ4

山田 勝仁

2020年12月6日  · 

嶽本あゆ美さん渾身の作。その気迫に思わず身震いするほど素晴らしい舞台だった。

 座・高円寺1で上演中のメメントC+「太平洋食堂を上演する会」2020明治百五十年異聞「太平洋食堂」(作=嶽本あゆ美、演出=藤井ごう)がそれ。

 物語の主人公は大星誠之助。

 和歌山県新宮出身で、アメリカで医学を学び、インド留学中にカースト制の矛盾から社会主義に目覚め、アナキストとの交友を通じて社会革命の実現を目指しながら、幸徳秋水らの「大逆事件」に連座して処刑された大石誠之助をモデルにしている(フィクションを含むため、劇中では実在の人物の名前を一部変えている)

 タイトルは大石が開いた西洋料理の店「太平洋食堂」に由来する。

 大星誠之助(大石誠之助=間宮啓行)は医師でありながら、「太平洋食堂」で妻・ゑい(明樹由佳)と共に、コックとして腕をふるいつつ、一方で四民平等の理念を掲げ、幸徳らに資金援助をしている。

 檀家に被差別部落を抱える浄泉寺の住職となった高萩懸命(高木顕明=吉村直)も世間の迷信、無理解、絶対的貧困を前に悩むが、製材所の差別問題をきっかけに社会主義に感化される。正義を叫べば叫ぶほどN町内で弧立するが、やがて多くの青年同志が集うようになる。

 誠之助らは改革派の新聞、『牟婁タイムズ』支局を立ち上げ、気勢を上げる成田誠四郎(粟野史浩)らを中心にラヂカル社を作る。

 明治41年、東京で起こった赤旗事件の被告となった平民社の同志の裁判の為、幸徳愁水(秋水)が上京の途中にN町に滞在する。

 浄泉寺では幸徳を囲む座談会が開かれ、直接行動すべしとの演説に触発された青年たちは、石炭運搬船のストライキを起こし成功へと導く。

 しかし、大正デモクラシーから天皇制絶対専制へ。時代の流れはやがて彼らのあずかり知らぬ「大逆事件」の罠へと次第に追い込んでいく…。

 明治に生きたリベラリストたちの夢と挫折を、東京から遠く離れた熊野を舞台に、群像劇として描いた作品。

 大星役の間宮啓行をはじめ、よくぞこれほどの名優をあつめたかと思う俳優の布陣。

 南保大樹(幸徳秋水)、佐々木梅治(警察署長ほか)、清田正浩(N町の町会議員)、遠藤好(芸者/神崎夕月=菅野スガ)、山口雅義(新聞社編集長)、粟野史浩(活動家・成田誠四郎)、中瀬古健(誠之助の甥)、清水ひろみ(大星家の女中ほか)、斎藤慎平(平出弁護士)…。

 実際の大石も豪放磊落で、貧者に慕われるだけでなく、警察署長や議員など町の有力者にも一目置かれる人物だったそうで、役を演じた間宮の豪放磊落さは大石という人物はそんな男だったのではないかと思わせる魅力的な演技だった。

 今回は案内人として牧師の沖田三郎(清原達之)を配した。彼の眼を通して、劇全体を俯瞰することができた。

 そして、最終章で新たに付け加えられた平出弁護士の最終弁論が実に格調高く胸を打つ。

 このセリフだけは決して噛んではいけないわけで、俳優の力量に負うが、斎藤慎平の演技がそれを確かなものにしていた。

 大逆事件の時代と今の時代はぴったりと重なり合う。

 政治家が言葉を軽んじて、国会の議論なしに法解釈の変更がなされる。立憲政治は風前の灯。

 声をあげてもその声さえ、ネットという巨大な虚妄に吸い込まれる。

 啄木が嘆じた時代閉塞そのもの。

 違うのはテロルを封じられた時代だということ。「権力に抗するには下からの暴力」しかないというのに。

 藤井ごうの緻密・緊密な演出が出色。緊張と時にユーモアでくるみ、舞台を揺るぎない、強固なものにしていた。演劇は記録であると同時に記憶の芸術なのだ。

 ほかに青山雅士、辻本健太、山田悠貴、原田真衣、平野史子、塚原正一、平良太宣。

 約3時間。12月2日~6日。