劇評まとめ3 | メメントCの世界

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劇評まとめ3

「彼の僧の娘ー高代覚書」

 

今村 修

2020年12月7日 12:38  · 

昨日は、メメントC「彼の僧の娘——高代覚書」(作・演出=嶽本あゆみ)@座・高円寺。大逆事件に連なる人々を描いた「明治百五十年異聞 太平洋食堂」との同時上演、いわばスピンアウト作品だが、寒さと抗がん剤のせいか体調優れず、5日に予定していた〝本編〟は泣く泣く断念、これまで未見だったこの作品のみの観劇となった。大逆事件で逮捕されて死刑判決を受け、恩赦で無期懲役に減刑されたものの獄中で自死した真宗大谷派の僧侶・高木顕明の養女の数奇な人生を描く。堅田喜三代らによる邦楽の生演奏も聞きものだ。

顕明(吉村直)の養女・加代子(明樹由佳)は、顕明の逮捕後生活に窮した養母から芸者に売られる。置屋の女将(杉嶋美智子)らへの意地から「高代」の源氏名で売れっ子となり、後に料理屋を開いて、特高警察の執拗なつきまといや、世間の白眼視や差別に耐えて生き抜く。晩年には天理教に帰依し、穏やかな生活を送ったという。舞台はそんな加代子の生涯を、彼女に興味を抱いた特高警察官(黒田正浩)の目を通して辿っていく。

今の政治状況とダイレクトに重なる本編とはいささか様相を異にし、ここでは加代子の内面、心の平穏の希求に光が当てられる。顕明が説いた謎のような言葉「人身」とは何か? 真の平和、平等、自由を実現するには何が必要なのか。冤罪、思想弾圧、差別、排除といったこの国の社会が陥りがちな宿痾に晒されながら、どこかあっけらかんと安心立命を求め続ける加代子の姿には特高警官ならずとも興味を持ってしまう。

歴史的事実として語られることの多い「大逆事件」だが、その関係者一人一人には、こんなに複雑で豊かな人生があり、深い思いがあった。そして、それが「国」によって奪われてしまった。そこに思いを致すことの大切さを改めて教えられた1時間10分だった。(敬称略)

 

 

 

 

山田 勝仁

2020年12月6日  · 

昨日は座・高円寺1で「彼の僧の娘ー高代覚書」(作・演出=嶽本あゆ美)

 大逆事件に連座し、獄中で縊死した高木顕明の養女・加代子のその後の運命を描いた作品で、いわば「太平洋食堂」のスピン・オフ作品。

 大逆事件に連座した高木。彼は赴任地の新宮で被差別部落民や炭鉱夫への布教活動、及び廃娼運動を通して、自分の信仰と思想を練磨していた。

 高木の「社会主義」の根底には次の思想があった。

「極楽世界には他方之国土を侵害したと云ふ事も聞かねば、義の為に大戦を起こしたと云ふ事も一切聞かれた事はない。依(よっ)て余は非開戦論者である。戦争は極楽の分人の成す事では無いと思ふて居る」

 高木にとって「南無阿弥陀仏」は平和と平等と自由への希求だったのだ。

 義父・高木亡き後、養母と共に寺を追われた加代子は芸者置き屋に売られ、苦労した末に料理屋を営み、晩年は実母を介して天理教に帰依する。戦後、教会主になった加代子の元には、復員兵、花街の女、生活困窮者らが身を寄せ、「受苦の共同体」を形作ったという。

 この加代子の源氏名がタイトルの高代(たかよ)なのだ。

 養父亡き後も、特高警察の監視対象となり、天皇のお召列車が通過する時間には警察に留め置かれた。

 高代を監視する特高警察が清田正浩。高代に扮するのが明樹由佳。

 物語の終わりの高代の心の中の葛藤。

高代「私がいる意味……どこにあるんや?ここまで苦しんで…拾われ、捨てられ…足蹴にされて…うちは道の石ころなんや」

顕明「それでも必ず弥陀は救う。よきひと、あしきひと、尊き人、いやしき人を嫌わず選ばれず、先にこれを導きたまう。石、瓦、つぶてのごとくなる我らなり。……既に人の生を受けた。佛の教えもすでに聞いた。わしの姿を知った」

高代「わからへん!わからへん!何一つ、私にはわからへん!」

顕明「もう知っている。さあ、そのまま行け。生まれた命は皆、等しく尊い。往き生まれ、無上に尊いいのちがお前にもわしにもある」

高代「ほんまに?……お父ちゃん!……私が居る意味……私が居る…」

顕明「救うから安心せよ、護るから心配するな。わしのたどった道を、お前も訪(とぶ)らうのだ。さあ立て、さあ、一歩、一歩……わしは先を歩いておる。さあ、進め。」

 高代は養父と同じ教団ではなく天理教を選ぶ。その心の裡はわからないが、父が破門されたままだったといことも関係しているのだろう。

 売れっ子芸者になった加代子の日本舞踊シーンの優美な舞いはダンス・身体パフォーマンスで鳴らした明樹由佳らしい身体表現。

 置き屋の因業な女将の杉嶋美智子がまた素晴らしい演技。子供時代の加代子に生田由明乃。ほかに吉村直、佐々木梅治(社長)、清水ひろみ(老婆)、中瀬古健、斎藤慎平ら「太平洋食堂」の出演者。

 邦楽演奏は堅田喜三代(作曲・演奏)、下野戸亜弓(筝曲)、鳳聲千晴(笛)、福原千鶴(鳴り物)。

 1時間15分と上演時間は短いが、並みの舞台の2時間分の内容と厚みのある舞台だった。

 なお高木顕明は死後80余年後の1996年4月1日、真宗大谷派から僧籍復帰の名誉回復がなされ、真宗大谷派は大逆事件を通した人権活動を行っている。これこそが宗教であり、宗教者の矜持だろう。公演は6日まで。