2019年 さようなら!
大晦日ですね。今年もお世話になりました。全体的に多忙と疲労と喜びの一年でした。2018年は体調がひどく悪く、唾液腺の手術もしたので、それに比べれば元気でした。新宮から帰ってきて、疲労で何も進まず、しかもいろんなポカをやりました。
すごすごと29日の夜に帰省しました。
帰省して翌日、パソコンのバッテリーがあっという間に干上がってしまいました。それで、実家恒例の餅つき、寒中見舞いの手書きというアナログなことしたり、親戚を回ったり。餅つきは三軒合同。8回回しで朝の六時半から3時くらいまで餅作ってたら、肩に石地蔵がのっかってる状態です。
毎度おなじみの、実家介護のお話で恐縮ですが、生きるということはそこから逃げられません。
母は相変わらず元気で父と喧嘩しながらやっています。周囲にはダブルG(爺)介護の従姉も居ます。彼女も益々パワフルでした。いろんなトラブルがあり、爺を半日、探しまわることもあるそうですが、それを笑い飛ばす力があってすごい。
来年は86?の父は家族に言われっぱなしですが、半身不随で要介護4になって10年、それが要介護3になり、後ろ向きに手すりにつかまり三歩歩けるようになったという奇跡は母のお陰です。セニアカーに乗って随分遠出するのでどこまで行ったのかと聞くと、農道を5キロくらい向こうの家電量販店まで行くそうです。よく轢かれないなあ。農道と田んぼが広がる田園地帯ならではだからでしょうか。
さらに驚いた話。母はカラオケサークルを父から引き継いで運営しているのですが、その仲間で踊りの会主の方が今年、国立劇場大で発表会をしたときに、ゲストで踊られた井上八千代さんを見て、その凄さにスカッとしたというのです。スカッとしたと言いながら、井上八千代さんの真似をして踊ってみせる母に息子たちと大笑いしました。踊ると言っても、物まねですよ。私も本当にたまたま京舞でそのち密ですごい踊りを見たので驚きました。芸術って、いつも介護でうんうん言ってる人がスカッとするためのものなのでしょうね。
夕方、車の運転が怖いので、自転車で駅前の郵便局へ葉書を投函に行きました。一番寒い時に見える濃紺とオレンジの冬の夕焼けが、40年前と変わらないので自分が生きててどう変わっても動かないものがあるのだな、と寒い中で見惚れました。
実家の周りで小学校に一緒に集団登校した後輩たちはみな複数の子どもがいて、もう両親や伴侶が亡くなっている人もいる。病気の人もいるし、色々な苦労があります。自分が演劇をやっていて思うのは、現実はお芝居よりもずっと過酷だということ。東京や都市と地方は違いすぎて分かり合えないこと。目の前に横たわっている生活というものから、テレビドラマの様には逃れられないこと。
今年は3月の椿組「かくも碧き海、風のように」で一年が終わってしまった様な気分でした。2018年から富山へ取材に行ったり、ここ数年でもっとも力を込めて描いたからかもしれません。堀田善衛の「若き日の詩人たち肖像」と加藤道夫先生の著作から戯曲を書けたことは太平洋食堂以来の山登りでした。同時に初の戯曲集「太平洋食堂」をハーベスト社から出す作業をしていたので自分でも信じられません。ハーベスト社の故・小林社長には感謝ばかりです。
椿組のラジオ宣伝で出会った駒塚さんには、婀の会の「いろは大王」を語って頂き、今年は大きな出会いとなりました。
夏前から大阪のクラルテさんに講座講師で通い始め、暑い大阪でばてそうになりました。それでも、劇作家講座第一期からの親友・金塚悦子さんの「ランチ」を演出、何と、私は他人の作品を演出したのは「ランチ」だけです。珠玉のセリフは、今も折に触れて響いてきて力を貰います。

その後、台風被害の館山の皆さんとトゥルーカラーズの遠藤夫妻が10月5,6日に「ムジナ母ちゃん」を上演しました。まだまだ何も解決しない台風被害、あの時に公演を支えた皆さんの力は本とに凄まじかった。お礼ばかりです。でも、まだ終わりじゃない。これからどうなっていくのでしょう、被災地はどんどん広がっていきます。頑張って活動している遠藤さん、トゥルーカラーズの皆さん、本当にすごい。
10月11日は掛川市栄川中学でも鯨山の伝説劇を発表。学校現場でどんどん演劇が普通になってくれることを祈ります。

11月の女人往生環2は、念願の観世さんの韋提希、なかええみさんのパターと、楽しいことしか在りませんでした。お囃子の諸先生方とお能の先生、藤木先生のお話など、多分野共同という分野での活動は二回目ながら、大きく成長させていただいたとおもいます。夢のような本番でした。スタッフの皆さんと劇場の方には、またしても無理だらけで迷惑をかけました。VDXスピーカーの泉邦明さんにも感謝です。メメント三人が久々にそろった公演でもありました。嬉しいことです。杉嶋さんは私の公演に二本出てくれました。大ちゃん、ありがとう。
それが終わって、またご褒美があったので今年は恵まれ過ぎかもしれません。新宮で劇団ワカイミソラが「ドクトルとえい」を上演してくれたからです。新潟秋葉区のミュージカル稽古からミッションインポッシブルは成功して、二回の公演で大感動を貰いました。いやはや、こんなに泣くなんて年をとったなあ・・と思いつつ実った果実の大きさに唖然としました。大逆事件に関してこの二年、ずっと追い続けてた顕彰の検証みたいなこともあり、それも来年には報告できそうです。大きなことではありませんが、気づかないふりをすることは歴史に誠実ではないと思います。「歴史は資料ではない」と教えてくれた先生にお礼を言いながら今年が終わっていきます。


全て終わったら、締め切り過ぎて没った原稿もありましたが、欲張りすぎですね。相当、心身が疲労していますが、親戚の懐かしい皆さんと思い切り笑って元気になりたいとおもいます。なにせ、母方だけでも伯父伯母が16人、従兄妹とその子ども達は・・・29人位だったかな。
12月からは茅野市での「高齢者と演劇」をテーマに活動が再開しました。茅野は三年目です。諏訪中央病院のやすらぎの丘にも行きます。
1月は、新潟市秋葉区民会館で「走れ!ロコモーション」トライアル公演です。雪の新潟、大丈夫かなあ。でも現地には力強い先生方がいるので大丈夫でしょうね。
2019年の私の予定です。鬼が笑いそう!
1月「走れ!ロコモーション」トライアル公演 新潟市秋葉区民会館
3月 大阪市天満教会 「彼の僧の娘ー高代覚書」出演・明樹由香 清田正浩 いぐちえり クラルテの皆様
6月 山の羊+メメントC 嶽本書き下ろし新作「私の心にそっとふれて」 演出・山下悟
9月 劇団BDP ミュージカル「彼女たち」 演出・青砥洋 シアター1010
10月 新潟市秋葉区民会館 ミュージカル本公演
12月 明治150年異聞「太平洋食堂」「彼の僧の娘ー高代覚書」 座・高円寺1
来年は太平洋食堂もありますから。生き延びなければ!





