最近私もベビーもすこぶる順調ですキラキラ

30週に入ってから、大きな変化がいくつもありましたニコニコ

まず、いまの病院病院に転院してきた当初から、入り口まで下がってきていて見えている状態だった赤ちゃんの入ってる膜(胎胞)が、初めて見えなくなったこと。

子宮口大2cmが1cm位に閉じてきたこと。

5週間近く続いたマグセントが外れたこと。

ポータブルトイレが外れて、トイレまでの歩行許可がでたこと。


先々週まで、診察もシャンプーも食事もベッド上の寝たまま、排泄もバルーンを入れられて、お通じもカーテン締めただけの大部屋でベッドに寝たまま携帯便座でしてました。(これは本当につらかった…)
破水してから3週間近く、床に足をつけたことがなかった気がしますあせる


今のところトイレトイレまでですが、歩行許可が降りたことで、すごく自由になりました。
朝、部屋の外のトースターにパンを焼きに行ったり、食後下膳したり、ブラインドを上げ下げしたり、クローゼットから物をとったり…いままでスタッフさんにお願いしていたことも、自分で出来るようになりました合格
大きな進歩ですねニコニコ

何より経過が快方に向かっていることが、嬉しいですビックリマーク
どうかこのまま無事34週を迎えられますようにキラキラ
25w0dから突然始まった切迫早産入院生活病院も今日で36日です。
入院したばかりの3週間は、いつお産になってもおかしくない状態でしたが、無事30wを迎えることができました。
当時のことを振り返りつつ、無事元気な赤ちゃんを産めるその日まで、私の入院生活をブログに綴っていきたいと思います。
そんなこんなで突然始まった切迫早産入院生活。
当然何の準備もしてなかったのですが、次の日、旦那が赤ちゃん本舗で、前開きのマタニティパジャマや下着など買ってきてくれ、他にも入院生活に必要なものを用意して持ってきてくれました。
いままで家事は殆どせず、旦那の毎日の着替えも私が一式揃えて出していたので、何がどこにあるか全然分かってなかったようで、入院準備も大変だったみたいですあせる
旦那には迷惑をかけっぱなしです汗

義父母もその日のうちに面会にきてくれました。義母からは、

「なるようにしかならないんだから。もし早く生まれてきても、それはその子の運命。万が一助からなかったとしても、助かったとしても、それがその子の運なんだよ」
と言われました。

遠方に住む実母には電話で連絡しました。
実母は、

「あんたが無理したからじゃないの」

と開口一番に言いました。
そのことは誰よりも私自身が一番考えていました。
実際は子宮頸管無力症だったので、無理がたたったわけではなかったのですが…。
その頃は、私のせいで未熟児で産んでしまうかもしれないことで、ベビーや旦那に申し訳なくて自分を責めてばかりいました。
実母の言葉も、責めて