存在感
昨日の仕事帰りに、突然通りすがりの女性に声を掛けられた。
「◯◯さん(義母の名前)の。。。ですよね?私薬局の薬剤師です」
以前、義母の薬をお願いしていた薬局の薬剤師の方だった。
「以前から(私の)お姿はよくお見かけしていたんですけど。ずっと気になっていたんです」
私が朝自転車で車道横断しているところをよく見られていたらしい(恥
)
「7月に亡くなりました」
と報告すると、あぁそれは大変でしたね、と残念がってくれた。
その薬局に最後に行ったのは、まだ通院していた頃だから、もう1年以上も前。入院してからは行っていない。
だけど行っていた頃はよく自宅に薬を届けてくれたり、義母の話を聞いてくれたりしていたから、ずっと覚えていてくれたらしい。
なんだか、ジーンときた。
考えてみれば義父は戦後から、義母も何十年もここで暮らしてきたんだから、私が知らない繋がりがあるわけだし、薬剤師さんはずっと若いけれど、こうして気にかけていてくれたんだなぁ。そう思うと、いなくなって余計に存在感が増す、ということはあるんだね。
人は誰かと繋がっている、なんてクサい言葉が胸に来た夏の終わり。
猛暑との戦い
日中最高気温37度。
シングルスの試合やってきた。
一応屋根があるから直射日光は避けられる会場。
しかし風が通るわけではなく、いわゆる温室状態。
どっちがマシか、迷うところだね。。。
こうなると相手がどうとか、自分がどうとかではない、暑さでフラフラな状態でいかに最後まで戦いきるか、の勝負になってくる。
今日の参加は8名。
2ブロックに分かれて総当たり3戦。
1位同士の決勝、という流れ。
予選3戦は、全部ブレークされてスタートして、なんとかかんとか逆転で勝った。3勝。
しかし決勝は途中で足がつりそうになって棄権してしまった。ざんねーん、だけどつりながら頑張っても後のリカバリーがきかないお年頃だからねー、仕方ない。
勝った試合の中で、先日練習したバックのクロスが何本か決まった。これよ、これ!やりたかった形は!
それだけでも収穫あり、ってことで、猛暑でも行ってよかった。
帰ってきてから整骨院で揉んでもらって、今はだいぶ楽だわー。
四十九日を終えて
義母の四十九日法要が済んだ。
ついこの間義父の四十九日をやったばかり、自宅で家族のみ、納骨なし、喪服も着ないで派遣のお坊さんにお経あげてもらうだけ、ということで。
一応、白木の仮位牌から黒塗りの本位牌に代えるっていう節目だからね。
都立霊園当たるように祈ってます。。。
テニスもやってるよ!
葬儀の話ばかりだけど、たしかに葬儀が終わっても何かに追われているかのように忙しい💧
そんな中にもちゃんとテニスしてるよ!
ご心配なく。(誰が⁈笑)
まずは別れがあった。
7月いっぱいでテニススクールのコーチがスクールを辞めた。もう10年くらいみてもらってたコーチだった。シングルスのプライベートレッスンも長くやってもらった。私のテニスの基礎を作ってくれたコーチだった。
辞めて他のスクールの立ち上げに参加するということで、むしろ「おめでとう!」という辞め方なんだけど、これからレッスンが物足りなくなるかと思うと寂しい。
寂しいけれどそんなことは伝えられるハズもなく(口ベタなもんで😅)、クラスの生徒みんなでスポーツタオルにコーチの名前を入れてプレゼントした。名前ってところ、すごく喜んでくれて良かったな。
別れがあれば出会いもある、ってことで、ダブルスに特化したレッスンを新しく始めた。
スクールではなくてフリーのコーチのレッスン。ダブルスパートナーのMちゃんがずーっとお世話になっているコーチで、実践的なダブルスレッスンをしてくれるというので、始めることにした。
確かに、ところどころでくれるアドバイスとか、私が打ったボールが相手に効いているかどうか、細かくジャッジしてくれるのは分かりやすい。しばらく続けてみようと思う。
そしてシングルスも。
暑すぎて試合どころじゃないんだけど、先週ひとつ行ってきた。
予選2戦2勝しての決勝。決勝で負けてしまった。
ここの所決勝で負けるってパターンが多い。
しかし今回の決勝では負けるべき試合ではなかった気がする。悔しいなぁ。少し引きずったわ。。。
そんなこんなで暑いけど、みんなテニスがんばろー!
葬儀終了
金曜日に一日葬にて。
やっぱり一日で終わるのはおススメ。特にリタイヤした年寄りの家族葬は、顔ぶれ変わらないのだから、2日もやる必要ない。
今回の葬儀は平日にしてしまったので、会葬者はより少なく、私たち家族を合わせても11人だった。
しかしその分義父の時より供花多めで、最後のお別れに棺に花を入れたら花いっぱいになった。
今回も派遣のお坊さまにお願いした。義父の時とは違うお坊さまだった。営業マンのような腰の低さが印象的なお坊さまだが、読経が始まると意外に激しい(特に語尾の伸ばし方が少しべらんべえ調?)。打ち合わせの時、会葬者が少なくお焼香が早いので、みなさんがお経をただ聞くのもつまらないでしょうから進行も少し急ぎますね、と仰っていたが、その通りかなりの早口だった。別にお経聞くのはつまらなくないけどね。すごい勢いでも滑らかに読経するお坊さまに逆に感心したわ。
前にも書いたかもしれないが、葬儀は単なる儀式だけど、区切りをつける意味でやはり必要なんだと思う。みんなでちゃんと最後のお別れをして、火葬して身体が無くなったことを見届ける。身体がなくなるというのは結構ショッキングだ。実父の葬儀の時、急死だったから実感がなかったが、火葬路に消えて行く棺を見たときに突然「もう死んだんだ」と強く感じて悲しくなったことがあった。
だから災害などで遺体が見つからないままの遺族はいつまでも死を認めることができないんだろう。
気持ちを引きずらないように、きちんと段階を踏むのは必要なことだ。
とにかく、葬儀は無事に済んだ。
つい4ヶ月足らず前にひとつやったばかりだったから、それをなぞるようにやるだけだから気は楽だった。気楽すぎてなにか抜けてるんじゃないかって不安になるくらいだった😅
今回の葬儀も亡くなってから1週間待たされ、相変わらず斎場は満員だった。それでも平日とあってどこも小さな葬儀ばかりだったようで、全体的にゆったりと静かだった。
この記事を書いている現在は、後飾り祭壇で仮位牌を拝む日々。1年以上の入院で離れていた義両親の骨壷が隣り合って再会している。
結局家にいて世話して大変だったのは1年くらいで、入院期間を含めても3、4年といったところだった。人によっては10年介護だとか、そういうのと比べたら楽をさせてもらったと思う。
できることなら、もう少し老後をゆっくり楽しんでもらいたかったけれど、現世にいるとなにかと気ぜわしいから、あの世があるのならばそこでゆっくりしてほしい。安らかに。
旅立ち
義母は先週土曜の夜に旅立った。
ちょうど甥が来て、夜から病室に詰めて間もなくのこと。私たちは電話で呼ばれたけど間に合わなかった。
甥だけが看取った。
あー。最後の1日、呼吸も穏やかになって寝ているようだったけど、心臓が止まるとやっぱり様子が違うもんだね。何かが抜けてるっていうか、魂と言っちゃうと簡単だけど、なんだろう、化学変化?
血液が回ってると回ってないでは全然違うんだね。
夜だったのでいかにも宿直当番という感じの医師が来て死亡宣告してくれた。
夜中だけどこれからどうなるのかな?もしかして翌朝まで置いておいてもいいのかな?と思ったが、看護師が
「搬送の業者さんはお決まりですか?」
と聞いてきたので、やっぱりそうか、と。
1時間ほどで搬送準備ができるというので、義父の時と同じ葬儀社に電話して搬送の手配をしてもらった。
つい先日、「近いうちにまたお願いするのでよろしく」とメールしておいたんだけど、なんとこの4ヶ月の間に社名が変わっていて、しかも「葬儀の110番」などという恥ずかしい社名になっていた。(^_^;)
搬送の車が来て家に戻ったのは翌午前1時過ぎ。
義父の遺骨がまだある隣に身体を安置した。
暑い季節だから冷房ガンガン連続運転、もちろんドライアイスは欠かせない。
さすがにこの日は安置までにして、打ち合わせは同じ日だけど夕方に、となった。
私たち家族、半年前から同居の姪も含めて、病状は分かっていたし覚悟もしていた。
思っていたより早い決着ではあったけれど、最後の1日、交代で看ていたのでそれなりに心の準備はできていたかもしれない。
甥は大阪からギリギリで帰ってこれたのだけど、最後に立ち会えてよかった。幼い頃に両親が離婚、母が亡くなり、それ以降母親代わりであったおばあちゃんだった。甥も「待っててくれた」と思ったみたい。本当によかったね。
さあ、これから葬儀の準備だ。
病室に詰める
義母の血圧が下がって危険な状態だという連絡が入った。
昨日の早朝4時。
ついに来た…というか、もう来た⁉️具合が良くないと説明があってから1週間しか経ってない。
電話が来た時、私はリビングでウィンブルドン観ながらいつもの寝落ち💧しちゃってて、あーまたやってしまった😭とベッドにいこうとしていたまさにその時だった。
子供たちと姪を叩き起こしてみんなで病院に行った。近くだから10分くらいで。
義母は個室に移されていて酸素マスクをしていた。呼びかけにはわずかに反応するくらい。
このまま目の前で…と思いきや、少し、持ち直した。
だけど脈がとれないくらい血圧は低く、またいつどうなるかは予測が付かない状況であることには変わりはない、というので、交代で病室に詰めることになった。
昨日は仕事が休みだという姪と私、大学を休んでくれた息子が日中交代で、夜は翌日休みの娘と、バイトをこれまた休んだ息子、それに私で。
病室に詰めるといってもやることないからウツラウツラできるけれど、ソファでの細切れの睡眠になるから1日やってみただけでもうキツイ💧
今日は少し病院に任せて午後は帰ろう。。。
でもやっぱり危機は続いてるって。
あとは夕方に甥が来るからヤツもシフトにいれて。。。
この甥がまたやっかいなんだけど。。。それはまた後日。
アタマくらくら〜😵
やっと決まった
実家の母は去年の夏から入院が続いていた。
誤嚥性肺炎、ダニ感染症、CDトキシン…次々と発症しては治療して一旦落ち着き、そしてまた何か再発、治療、また落ち着いて、また再発。。。姉に様子を聞くたびに違う治療をしているという感じだった。
特に厄介なのが「CDトキシン」。
なんだそりゃ⁉️もちろん初耳。
CDトキシンとは、クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile:CD)が作る毒素のこと。
症状は強い下痢。
抗菌薬を使い続けている患者が、院内感染で感染して発症することが多い。
つまり、治療の為に使っていた抗菌薬が他の腸内細菌までやっつけてしまい、腸内の菌のバランスが崩れたところへ、院内感染でやってきたCDにやられてしまった、という。。。
母は1年余の間に3回も発症していて、そのたびに隔離されベッドに寝たきりにされてしまうので、どんどんどんどん体力も気力も落ちていった。食欲もなく痩せて、頭もボケて、家にいた頃とは別人のような姿になった。
私がこっちで義両親を病院に入れて少しずつ平穏を取り戻していた間に、実家では姉が一人奮闘していたのだった。
この記事のタイトル、「やっと決まった」はつい先日まで「まだ決まらない…」とするつもりで書き始めたんだけど、文字通り先日やっと、母の退院後の預け先が決まった。
ほぼ寝たきりの母ではやはり自宅介護は難しい。自宅は一人暮らしだし、姉も仕事を持っていて義兄は単身赴任中。感染に弱いので、デイサービスには行けない(ダニ感染症を起こしたのはたぶんデイサービスに行ったからだと私達はにらんでいる。)、ヘルパーを頼むにしても24時間というわけにはいかない。
だから希望は介護施設の老健。病院では寝たきりにさせられてしまうが、介護施設ならいわゆる「日常生活」を送らせてもらえるから。スタッフとの会話とか、食堂での食事とか、レクリエーションとか。とにかく朗らかに暮らしてもらえる可能性がある方に賭けたかった。
私は義両親の様子を見てきた経験から、正直ここまで弱ってしまったら難しいんじゃないか。。。と思ってる。でも日頃の世話を一手に引き受けているのは近くにいる姉だから、姉がまだ諦めきれないと言う以上、それを尊重しなければと思う。
今回、老健の他には療養型病院という選択肢もあった。療養型というのは、医療分野だからリハビリは行わない。基本的に寝たきりで、積極的治療は行わない、という病院だ。
これまで老健をCDトキシン感染症をやったことがある、という理由で何か所も断られ続けてきて、もう介護施設は無理かも、となり療養型病院にも打診して、実は最近になって1件決まりかけていた。
さぁどうする?となった時に、姉が「やっぱりこのまま療養型に入れたら後悔するんじゃないか」と、踏みとどまったのだ。
電話でも相談されたが、話を聞くにつけ、姉の中で「まだ諦めたくない」という気持ちがあるようだったから、私も「療養型は断ってしまおう。それで、今の病院の相談員さんにもう一度、なんとか介護施設に入れたい!大変でしょうが協力してくださいって頼もう」と話をした。
それで姉は翌日さっそく療養型を断り、相談員さんとも話をして、直近で断られたばかりの老健に再度プッシュしてもらえるように頼んだ。
そうしたら、なんと、そこは断ったつもりはなかったらしい。話の行き違いで断ったことになってしまっていただけだった。
なんだよ!あのまま諦めていたら危なかった。姉の一念が通じたんだね。
とりあえずは良かった。
先週の水曜日、母は退院して介護タクシーで老健へ移った。私は付き添えなかったけど、姉が付き添い、話によると、母はリハビリに前向きな態度を見せているらしい。どこまで分かってるのかは怪しいが、とにかく良かった。
もちろんCDトキシン再発の可能性は消えておらず、もしまた再発したら老健から出なければならない。でもそんなこと分からないし、心配しても仕方がない。
願わくば3ヶ月のリハビリを全うして、少しでも体力と気力を取り戻してもらいたい。自宅は無理でも、特養などの介護施設で過ごせるくらい元気になってくれるといい。
そうなんです。介護施設は元気な人じゃないと入れないんですよ!頭はボケてても体が元気なら入れる。頭がしっかりしてても治療が必要になりそうな人は入れない。そこ、大きく違いますから!
それにしても、実家の母といい義両親といい、80歳過ぎて元気でいることがいかに難しいことだったのか、思い知る。そう考えると、街を普通に歩いているお年寄りとか、90過ぎでテレビに出ているタレントとか、すごいわ、そこにいるだけで奇跡かも。せめて表彰くらいはすべきだと思う。
フォアが行方不明に(追記あり)
昨日はシングルス武者修行の試合だった。
夏日の屋内コート。。。
日差しがないだけマシだけど、天井から蒸されてビニールハウス状態のコートは、汗ダクダク💦
3試合目でふくらはぎがつりそうになって焦ったー
試合は予選2戦2勝して決勝で負けた。
予選2試合目はつい先日同じ会場で試合したばかりの相手で、前回は5-5の1本勝負で自分のダブルフォルトで負けたから今回はがんばろうと思っていた。
4-1までリードしたもののやはり追いつかれ(-_-)、5-5のMP何本か落とした後なんとか勝ちきることができた。
ロングラリー、というかほぼロブの打ち合いだったけど、長ーーーいラリー戦が何度もあって、「もういい加減に仕掛けてこーい!」と多分お互いに思いながらやってたと思う。。。あー疲れた!
決勝は4-6で負け。
相手はフォアが鋭かった。バック側に畳み掛けるように打ち込まれて返球が甘くなったところもあった。しかしそれよりも致命的だったのは自分のミスの多さだった。
ここのところずーっとフォアハンドストロークの感覚が行方不明で、昨日も仕掛けるところでフォアがアウト!アプローチでアウト!前に出ても決めどころでアウト!ミス多すぎ❗️
フォアが良くないからバックハンド多めで、フォアはスライスで、とやってはみたものの、やはりそれだけじゃ決定力が弱い。
うーん。。。原因ははっきり分かってはいるんだ。ズバリ練習不足。シングルスの追い込んだ練習やってないもん。プライベートレッスンを再開すれば少しは良くなる気もするけど、ずっとみてもらってたスクールのコーチ、来月でスクールを去るし。。。
しばらくは試合で練習するしかない。
一応負けた決勝でも、最後のゲームで何度か前に出た。それで相手のMPを1本しのいだ。次も出て、追い込んで浮いたボールを決めるだけ!…で、アウト!で、おしまい😓
まぁ何もしないで負けるよりはマシってことで。
やっぱりシングルスは気楽で楽しい。
追記
そうそう、女子の試合の前のグループの男子の試合で、負けてラケットを折った所を初めて見た💧
準決勝だったんだけど、サーブもショットも速い30代前半くらいの男性。速いんだけど、ほぼ自滅して負けた感じだった。勝負がついた途端、ラケットをバンバンってコートに叩きつけてラケットを壊してしまった。
そりゃぁ悔しいだろうさ、自分に怒ってのことだと思うけど、あれはダメだよねー。プロの悪いとこ真似してどーすんの。
盛り上がり下手家族
うちの家族はイベントに燃えない。。。
下町だけどお祭りも興味ないし、節目のお祝いごともアッサリと済ませがち。
時計を買う、といっても普段は腕時計なんてしないし本人をはじめ誰も決められず、結局「ホントは時計なんて別に欲しくなかった」とか言い出す始末💧
たしかに、いつもしないんだから今は要らないだろうけど、スーツを着るようになったら何か一つちゃんとしたものを身につけておいてほしい。そんな親心だったんだけどさぁ。
とはいえ本人乗り気じゃないのに買ってあげたところで無駄なので、「じゃあ先延ばしに」となった。
家族で出かけた一番の目的を早々に失って、あとはそれぞれ見たいものをちょっと見て回ったりして、食事をして帰ってきた。
何も買わずに。
なんだかなー。
私がもっと盛り上げなくちゃいけないんだろうけど、自身もそういうの苦手だし😅
まぁこんな不毛っぽい外出でも、誰も文句垂れることなく淡々と帰ってきただけ心優しい家族ってことでよしとしなくちゃね。。。