体罰はいけないこと? それとも必要なもの?
2006年3月、北九州私立青葉小の男子児童が自殺したことを巡り、両親が「担任教師の体罰が原因」として..........≪続きを読む≫ 上記記事についてですが、個人的には体罰はやった時点で教師の負けという気はします。

暴力というのは、認められるべきものではないし、暴力を許すとどこまでがOKなのかという話になってしまうと思うからです。

たとえば、新聞でどのぐらいの強さで殴ったら暴力に訴えられるのか。

何発たたいたら、暴力でとめられるのか。

何回目だったら暴力でとめられるのか。

今の教員がどこからが殴ってよくて、どこまでが殴ってはいけないという線引きをするのは難しいはずです。

下手をすると、教師の感情で線引きをされる可能性すらあります。

私も教員免許を持っていますが、大学で教員免許を取るというのは簡単です。

授業中に寝てようが何しようが、テストで点数をとって所定の単位を満たせばいいだけですから。

教育実習だけはきついですが・・・・・

教員の能力が担保されていない状態で、暴力を許容するのは危険だと思います。

ただし、子供に対する処罰がいけないわけではないと思います。

こういう性質の悪い子供に対する処罰は何も暴力だけではありません。

停学処分という方法もあるはずです。

今はほとんど見られない処分ですが、体罰が全面禁止となれば、子供に対する処罰として一番効果的な気がします。

これであれば、仮に教師の処分が不当なものであれば、その後、親が不当だと訴えて登校停止を取り消させることもできます。

また、親による子供の教育不足による問題であるとすれば、停学処分を通して、子供を反省させることもできます。

もう少し、教師の権限を拡大してもいい様な気がします。

学校は子供の私物ではないのですから、風紀を乱すようなやつには出て行ってもらえばいいと思います。

結果、どうしようもない子供が留年したとしても、それは本人に責任があるのですから仕方が無いと思います。

ここからは雑談ですが

こういう問題は

「家庭教育力の低下」

が根底にある気がしています。

モンスターペアレントという言葉もありますが、あれは、親の教師に対する理不尽さだけではなく、親が自分で教育するという意識に欠けているという問題もある様な気がします。

学校は勉強さえ教えていればいいと個人的には思っています。

しつけぐらいは家でしっかりやってほしいものです。


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藤井美菜さんのブログ、「藤井美菜の思うこと」(BOOKMARKに登録してありますのでよろしければどうぞ)の「中秋の名月○」(2009/10/7)に今年の中秋の名月の画像がありました。

実は10/3が中秋の名月が見られる日であると言うのは松本莉緒 さんのブログ記事の

ヒント♪(2009/10/2) と☆十五夜☆(2009/10/2) で知りました。

あまりこういうことには詳しくないのですが、女性2人が知っていたということは、常識ということなのでしょうか・・・・・

「中秋の名月が」とかいう人は私の周りにはあまりいないので、勉強になりました。

ちなみに、松本さんはとてもお綺麗な方です。

昔、「エースを狙え」という漫画が実写版でドラマ化されたときに、テニスの天才である竜崎麗香役で出演されていました。

このドラマでは、上戸彩さんが主人公だったのですが、私は松本さん目当てで見てました。

初めてみた時、「気品のある人だなー」と思った記憶があります。

いったん芸能界をやめて、その後、地元のスーパーでバイトしていたこともあるそうです。

おそらく、そのスーパーは大盛況だったことでしょう。

多分、そのことを知っていて、近くに住んでいれば、私も毎日行ったでしょうね。

恥ずかしいので話しかけるのは無理だと思いますが・・・・・

毎日買いにいった場合、いらないものを大量に買い込まなければならなくなりそうですが、松本さんに会えるなら本望です(笑)。

ちょっと雑談がすぎましたね。

本題に行きたいと思います。

(せっかくですので、松本さん関連商品を紹介しておこうと思います。松本さん関連の商品は一番下に挙げておきます。)

月というのはいろいろな言い伝えとか迷信とかがあります。

「かぐや姫」などの物語に使われたり、満月の夜は犯罪率が高まるという迷信などです。

他には、月に関わる不思議として

「月の錯視」

があります。

これは、月が地平線近くにあるときのほうが、天頂付近にあるときよりも大きく見えるというものです。

夕暮れ時に月が見えたときに

「今日は大きい月だな~」

と思っていたら、夜が更けたときに小さくなっていて

「一日の内でも月の大きさって変わるんだね。地球から遠くなったのかな」

と思われた経験がある方もいると思います。

実はそれは錯覚で、本当は両方とも同じ大きさなのです。

それを人間の頭(目の情報は頭で処理されるので)が勘違いして、大きさが違って見えるのです。

何故大きさが違って見えるのかは、未だに分かっていないそうです。

月が地表近くにある場合は、きめの勾配がはっきりしているために、見かけの距離がより遠くに判断され、過大視が起こるという説(脳は近くにあるものと、遠くにあるものが網膜上、同じ大きさに見える場合、遠くにあるものの方が大きいと判断するため)や、上方のものを見るときに、頭を上に向けることにより過小視が起こるとする説などがあるそうです。

月に関することは、現代科学をもってしても分からないことが多く、神秘的なものを感じさせます。

夜空に浮かぶ月を見ながら、迷信や、錯視のことを考えるのも楽しいかもしれません。

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神様のパズル [DVD]


Rio‐10.22.02.20‐―松本莉緒写真集
読売新聞に以下の記事があったようです。

『社会福祉法人「全国精神障害者社会復帰施設協会」(東京)の不正経理事件で、厚生労働省障害保健福祉部の担当者が、大阪地検特捜部の任意聴取に対し、補助金が目的外使用されることを事前に知っていたとの趣旨の供述をしていることがわかった。(詳細はこちら) 』

こういった不正流用があったりすると、官僚が天下り先を確保するためにこういうことをしたという話が出ます。

私もつい最近まではそう思っていたのですが、果たしてそういった目的意識を持って積極的に行っている事例の方が多いのか疑問を持つようになりました。

ネット上でしか記事を読んでいないので詳細はよく分からないのですが、印象としては「加担した」というよりは、「よく分からないんだけど、そうしたいならそうすれば」といった意思が読める様な気がします。

国の官僚というのは大半がエリートで能力があると考えられているため、政策というのは考えて練られていると考えがちですが実はそうではありません。

勝間和代氏もその著書

会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く (光文社新書)


で書いておられますが、「お上はテキトー」なのです。

この本の中では優良企業の社長のテキトーさが書かれていましたので、私は法務省の人間のテキトーさを書いてみたいと思います。

以前、法務省の人間と、犯罪を行った子供の矯正について話したことがあります。

その際、子供の矯正は保護司を通して行うという話しになりました。

そこで私は、

「社会復帰を目指す以上は保護司も試験みたいなものをやるんですよね。どんな方法をとっているんですか。」

と聞きました。

すると

「能力を担保するような試験は無い。保護司の能力を担保するような制度も無い。官から民へというのが今の流れだから、そうしている」

と言っていました。

マジかこいつは

と思いました。

少年犯罪を行うような人に対しては、細かな教育を行って社会復帰を促さなければ、意味がありません。

中途半端な教育を行っていては、ライオンを野放しにするようなものです。

以前テレビでもやっていましたが、犯罪の刑期を終えたものにはほとんどお金を渡さずに出してしまうそうです。

その結果、ホームレス化して結局社会復帰ができない例が多いそうです。

アパートも借りられないので生活保護すら受けられないのです。

懲役刑などの刑罰と言うのは、社会復帰を目指して行われるべきはずのものです。

ある程度の社会復帰に必要なお金を持たせないと、生活に困ってまた犯罪を犯す可能性が高くなるのです。

「お上」の意思決定というのは、このようにとてもテキトーなのです。

国政を良くするためには、こういったテキトー体質を何とかしてもらわなければなりません。

そのためにも、マスコミには頻繁に官僚にインタビューをしてほしいと個人的には思っています。

そうすれば、国民がお上のテキトーさを理解して、それに対する声を上げることも可能だと考えているからです。

政治家、官僚の両方ともがこんな感じではまずいのです。

政治家や官僚は国民が育てるという意識を持つことも重要だとおもいます。

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