祝詞づけに踏み出すとどうなるのか。 | 明主の浄霊・救霊ブログ

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いかなる状況にあろうと、私は見捨てない。死にそうな人。入院中の人。信仰をとがめられている人。精神病院に隔離されている人。神様や仏様は信じられても、教団にそぐわない人。死ぬのが怖い人。生きるのがつらい人。皆私を頼りなさい。

最初は、首、耳の奥などが
びくびくしました。

最近は脳で言うならば
どうも、原始の脳、小脳や
延髄などが、クリーニングされているようです。

浄霊は大脳までは、ある程度
綺麗になるのだと思います。

浄霊すら嫌う人は
まったく、きれいにならない。

脳のひだとか、血管などの
つまりが解けていくのは
浄霊でも起こりますが
浄霊では、ドライヤーの風を
当てたり、アイロンで固まったものを
落とす程度の効き目しかないということです。

最初は落ちますが、細胞にまで溶け込んだ
ものまでは落ちないわけです。

まつたく、落ちないわけではないが
少しずつ、表面だけ解けた感じです。

浄霊をすると、奥に溶けたものの一部は
入り込んだりして、溶けなくなる瞬間が
必ず来ます。

なせ゛、祝詞上げるといいのか。
それは、言魂により、細胞にまで振動し
光がとおるからです。

聞いただけでは、耳から、原始の脳に入ってきます。
原始の脳から、内側からも清まるのです。

唱えたら、もつといいのか、それは外に言魂を放ち
部屋を清め、本人の汚いものも追い出す作用が
あるのです。

よくわからないかもしれませんが、
要するに憑依霊がいたとしたら
彼らは内側からも、外側からも攻撃されますので
たまらなくなり、とうとう出ていくしかなくなります。

浄霊であれは゛、体中逃げまわすわけです。
体全部が、風呂に入ったように全部
浄霊されれば、やっつけられますが
そうではないから、まだこちらがあると
逃げまわすのです。

風呂て゜も、憑依霊は頭に逃げられますね。

明主様自体が、浄霊をしたら、憑依霊が
逃げまわしたという記述を見た人もいるでしょう。

だから、同じことがあなたの体でも起きるだけなんですよ。

ましてや、普通の人の光は大したものではない。
そんなもん、ものすごく効くなんてありえないのは
解るでしょう。

それを補う手段が祝詞づけです。

しかも、唱えられたらもう出ていくしかないけです。

深見さんじゃありませんが、悪い霊は妹のとこに行けなんて
思う人もいるはず。

霊を信じない人には、生まれてからずっとマイナスの想念
などや、ろくでもない想念をため込んでいるのです。

浄霊を受けたら、表面はきれいになりました。
でも、組織の奥の方にはまだまだ残っているのです。

それを、溶かすことはどんなに浄霊しても無理です。

祝詞と併用することは、外からの浄霊と内からの
祝詞の作用により、もう逃げ場はなくなるのです。

効率よく、罪穢れを落とすことが可能となります。

もちろん、祝詞づけで、となえるのは
結構、荒行です。

正直楽ではありませんが、徹底してしたならば
千日回峰行の最後の、寝ないで念仏に近いものがある。

そこまでは無理でも、祝詞を聴き続けると
少しずつ内側から、罪穢れが解けていくのです。

毎日、朝から晩まで、祝詞を聴くとどうなるか。
それは、タンクからあふれるようになるに決まってます。
魂にも、脳にも容量があるのです。

それ以上,継ぐと、ガソリンタンクに継ぎすぎたとき
あふれるように、あふれてきます。

溢れないようにしないためには、もはや唱えるしかなくなります。

また、タイヤのチューブに空気を入れ続けたらどうなりますか。
ある程度まで耐えたのち、破裂してしまいます。

破裂させないたるめのには、祝詞を唱えて
ガス抜きをしなくてはいけません。

そこまで、徹底したら、必ず清まります。

ただ、浄霊では外からですが、祝詞の場合内からです。
どちらか、片方ならば、効率が良くありませんね。

内からも外からも、一気に清まります。
だから、両方しないとダメと言うわけ。

なぜ、今までダメだったかは
外からだけの力だから知れていた。
それに、内からの力が加わる。

新しい、やり方か゛わかったら、さつさと
新しいやりかたをすべきです。

山田雅晴先生の場合、真言まである訳なので
ただの祝詞とまた違う効き目があるのです。

もちろん、大田宮司のやり方も誤りではない。

ただ、効率は山田雅晴さんの方が早い。
しかし、山田雅晴さんだけの場合は
真の祝詞は学べませんので、
やはり、最後には大田宮司の祝詞で仕上げる必要があります。

個人向けの祝詞と言うのは、山田雅晴先生には
ありませんし、収録されている祝詞の数も限られています。

ですから、明主+山田+太田がもつともいいのです。
ウサインボルトみたいに、素早く開運するには
どれも欠けてはいけません。

弱い浄霊は最悪です。
効くにしても、自己浄霊については
私も試みましたがなかかなうまくいかないです。

明主様も、そのことについては余り明らかにされていない。

つまり、相手からしてもらうのと、
こちらがするのとのセットになってしまいます。

お光がないとできないことはないが、絶対やつれます。

間違いではないが、ずいぶん不便なやり方です。
祝詞であれは゛、覚えてしまえばできますね。
だから、浄霊がすべて正しいは誤った考えと言うことになる。

今日はこれ位にしよう。

また、繰り返しますが、浄霊や明主様の教えを幾ら理解しても
何の自慢にもならないし、周りから浮いた存在となり
一生を台無しにするのが落ちです。

いつまで、古い方法にこだわるのですか。


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