
前回は京都・東福寺方丈の『八相の庭』をご紹介しましたが、今日も引き続き重森三玲さんの作った 『龍吟庵 (りょうぎんあん) 』のお庭を紹介します

東福寺の塔頭の一つ『龍吟庵』の前にある偃月橋(えんげつきょう)。1603年の建築で重要文化財です↓

『龍吟庵』は実は国宝です

京都は応仁の乱ですっかり荒れてしまった為、応仁の乱以前の建築は貴重です

大明国師 (だいみんこくし) が東福寺を開山されましたが 、『龍吟庵』は大明国師が亡くなるまで住まわれていた地に建てられました。
方丈正面中央に掲げられている『龍吟庵』の扁額は、時の室町幕府3代将軍 足利義光の字です⬇
【南庭】
通称『無の庭』 むむむ~、本当に何も無い!白砂のみ。でも奥の竹垣をみると・・・

奥の竹垣の拡大図↓

わぁ~、まるで雷がいくつもピカッツと光って雷鳴が轟いているみたい

この竹垣も三玲さんデザインです。
この次の庭に、なにかドラマがあるような・・・
【西庭】
通称『龍の庭』↓

わぁ~、浪間から龍の顔が覗いていますっ

中央奥の、石がいくつかまとまって突き刺さっているところです。
鼻先と両耳と両角、分かりますか?
白砂は海を、黒砂は黒雲を表わしているそう。かなり荒れた天候です。
龍吟庵の名前にちなんでつくられたそうです。
別のアングルから↓

奥の竹垣は稲妻模様を表しているそう。
西庭の奥の竹垣のアップ↓

同じ稲妻模様だけれども、南庭の竹垣の稲妻より激しそうな感じ

【東庭】
通称『不離の庭』↓

あれっ、ここは白砂ではなく、赤砂。今までとまたガラッと違う感じがしますね

この赤砂、滋賀の砂だそう。季節によって色が少し変化するそうです。
中央に長方形の石を横にふせ、その前後に白黒の2石を配しています。この写真では色が分かりづらいですね。伏せた石の奥の石が黒石、手前の低い石が白石です。
東福寺第三世住持の大明国師が幼少の頃、狼に襲われそうになり、そこを2頭の犬が守ったという故事に基づいて作庭されたそうです。
日々の暮らしのなかで日本の美を徹底的に求めたのが重森三玲さんの流儀だったとのこと。
芸術は創作でなければならない。創作をするためには古いものをよく研究し、芸術の糧にするのだと。
三玲さんはおっしゃってます。
『日本庭園は古い庭園ほど非常に抽象化されている。現代のモダンではなく永遠のモダンは永遠の人が十分に鑑賞できる。永遠のモダンを作るのだ』
まさに、伝統的でありながらモダン・・・永遠のモダンが三玲さんの庭です。
三玲さんはお花やお茶もよく嗜まれ、お庭を研究する人はお茶をしっかり習うようおっしゃってたとのこと。
『庭に茶室を作る。茶室は美の殿堂。美を全部溶かして飲むというのがお茶。大袈裟に言うと、お茶を飲むということは、宇宙を飲んでいるということ。それが分からなければお茶を飲む必要は無いと思う』と。
お茶を嗜む一人として、身につまされる思いです。
次は重森三玲庭園美術館に行ってこよう

(注意: 要予約です

