城ノ入城2 | えいきの修学旅行(令和編)

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後編では郭3、4と、登り口へのアプローチを辿る。
 
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 郭3、4は、城中枢の前衛となる位置にあり、谷からの登坂を山上で抑える役割を持っていたであろう。また数百程度の軍勢を山上に収容することも可能である。
 
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郭2の北西
郭2には一段低く前段が付随し、堀エで区切り郭3、堀ウで区切る郭4が配されている。
郭3は上中下三段からなる。
 
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堀エ特筆
エの郭3側には土塁が盛られている。
これは堀エを陣地として郭3に侵入した敵を敵を迎撃する城兵の胸壁となるのではないか。
郭2とで上下二段の迎撃陣地と成り得る(2前段もいれると三段)。
景勝期改修を想起。
 
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しかも虎口造作もある
 
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上下二段の迎撃陣地(2前段は高低差が足りないと捉えている)と成り得るか
構築ではなく、改修と捉えれば景勝期可ではないか。
 
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郭3下段(北部)
郭4と合わせ、数百程度であれば軍勢の収容が可能か。
 

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郭3北端

堀ウで区切り、郭4。
 

 

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ウ西掘下げ
上部に土塁を沿わせている。
掘下げと土塁により、西斜面への回り込みを阻止しているのであろう。
後掲するが、ウの北西下に竪堀が一本付随し、その意図を補強している。
 
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堀ウ西掘り下げ・土塁により、回り込みを阻止された郭3西斜面
 
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ウライン、石が散乱
 
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堀ウー郭3壁面は石積で補強されていたのではないか
 

 
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郭4
 
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西に低い区画が付随
 
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その下方
地滑り痕かもしれないが、横堀・テラス状腰郭か。
 
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竪堀一本

堀ウ堀下げとで、西斜面回り込みを阻止ている。

 
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郭4北部
堀ウ外・郭4は城外としてもいいのではいか。
尾根筋押えと、臨時の軍勢収容区画であろうか。
天正10年景勝勢進出北信城郭にみられるような囲い込み構造までは見られない。
 
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北西
西尾根筋が登坂可能。
西尾根筋から郭4への取り付きには虎口・関門造作はなかったようだ。

先の堀ウ・郭3壁面線が主防御線となろう。

 

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西尾根筋

 

数段削平段がある。
 
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郭4から比高約25m降り、堀イ
堀イは西にテラス状の削平が付随する。
 
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堀イ線付随テラス
 
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堀イから比高約25m下方に堀ア
 
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ア側面(南)から
塹壕状に見えなくもない。
 
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北掘り下げ
 

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西麓への尾根筋

ここを登ってくるのである。
 
   まとめ
 
  城ノ入城は、聖川筋の谷を掌握する要衝で、中枢への岩尾根導線、後背の三重堀切は、この城の重要度を示す要害構造であろう。出入口構造も、主郭は不明瞭であるが、堀エー郭2、主郭下腰郭に構築されている。これら構造は、武田勢力下弘治から永禄期(海津築城頃まで)の構造であってもおかしくはない。しかし、宮坂先生も武田滅亡後の使用を想像しており、天正10年天正壬午の乱おいても機能し得る要害である。
 加えて、私は堀エを前面土塁を胸壁とした防御陣地と捉えている。
 それは天正期上杉景勝勢による上段郭2と一体となった上下二段の防御施設とする改修と考えている。
 郭3、4は、防御にはさほど意を用いていないようだが、臨時の軍勢収容を意図したスペースであろうか。
 また、堀イ、アも遮断のみを意図した堀切ではなく、前面土塁を胸壁とした防御陣地である可能性も記しておきたい。イに付随するテラス構造などもイと一体となった防御ラインとしての構築ではないだろうか。 
 竪堀は回り込みを阻止する要所に群ではなく単体で施設されていること、主郭の出入口が明確に虎口化されていないことを、次記事蟻ヶ城・(城ノ入城の聖川上流方向約7.7km南西に位置)を書きながら、比較・検討してみたい。
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地理院地図に赤加筆作図
  
 参考文献 宮坂武男(2013)『信濃の山城と館2』、戎光祥出版、pp.193-5
 

   

   登り口
 
 私は宮坂2に記されている大森集落の西端から聖川を渡り、沢筋の道を登るルートで挑んだのだが、藪がきつく、とりつきが困難だった。
 四駆あるいはバイクであれば、林道からのアプローチが可能であり、そちらを紹介する。
 
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大森に向かって左折、林道へ入る
 

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林道は谷を渡り右にカーブ、城ノ入城西麓に至る

 

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道は途中から未舗装路

左折した林道入口から2.4km、大岩のあるところが登り口。
宮坂本2で大森集落西端から聖川を渡り、沢筋の道を登りでると記された林道がこの林道。
 
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岩脇の山道を入り、きついが覚悟が定まったところで左側の尾根によじ登り、尾根通しに登れば堀アに至る。
宮坂本2では林道から堀ア下削平段まで205mとしている。
 
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この尾根通しに登れば迷わないであろう

なお、私の入山時期は三月末である。4月以降の藪具合はわからない。