前回、大腸がんを例にだしたから、それについてもうすこし書くことにする。大腸がんがふえているって話もあるからな。
大腸がんに急所が四つあることをいぼえているだろう。こういうのを発がん四段階説っていうことになっている。
ボクは一九七二年に『ガンは予防できる』って本を書いた。考えがたりなかったもんで、そこには発がん二段階説をだした。ボクはしろうとで論文をみていなかったんだが、そのころすでに二段階説をとなえる学者がいたんだ。第一段階には、イニシエーションって名前がついていた。日本語だと『引き金段階』だ。第二段階には、プロモーションって名前がついていた。日本語だと『後押し段階』だ。
その後、研究がすすむと二段解説はつぶれた。あとにでてきたのは、発がん多段階説だ。前回はそれを紹介したことになるんだな。
この多段階説だと、第一段階はイニシエーション、第二段階はプロモーション、第三段階はプロパゲーション(増殖)ってことになる。プロモーションやプロパゲーションのなかに、いくつかの段階をつくることになるんだな。
大腸ポリープってことばを聞いたことがあるだろう。大腸がんの場合、『急所1』は二つあるんじゃないのかな。『1』をやられればポリープができ、『1’』をやられれば、ポリープはできないって考えるわけだ。
『急所2』はがん抑制遺伝子なんだな。だから、これがアタックされれば、がん化のスタートってことになる。これがプロモーションってことだ。
つぎにプロパゲーションだが、ここまでくれば異常増殖がはじまって、悪性化ぶりがはっきりしてくることになる。アタックをうけるのは『急所3』と『急所4』だが、そのやられ方によって、がんの進行のスピードや増殖のようすが違ってくるのではないだろうか。
ここまでのところの見方は、まったくがんの側からのものだった。患者の側からみると、急所をもう一つつけたしたくなる。
それは修復遺伝子だ。DNAのどこかがアタックされて異常をおこしたとき、それをもとにもどす遺伝子だ。
DNA修復遺伝子はがん化の妨げになるんだから、発がん段階の一つとする理由はないだろう。ただし、これがアタックされれば、がん細胞がもとの、まともな細胞にもどることはなくなるわけだ。
本原稿は、1994年10月21日に産経新聞に連載された、三石巌が書き下ろした文章です。