2019年4月25日
こんばんは。
約1か月もごぶさたをしておりました。
もうすぐ平成がおわり
あたらしい時代「令和」の時代にはいろうとしています。
今
みなさまはどんなことをお考えになっておいででしょう。
このブログは
昔の自分をふりかえっていることから
始めていますので
今に生きるわたしの暮らしの時間とのバランスが
なかなかうまくとれないことがあります。
それなのに
毎日どなたかがごらんくださっていることを
とてもうれしく思います。
ほんとうにありがとうございます。
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移動雑貨屋をはじめてしばらくして
四天王寺の骨董市で
おっちゃんに言われた言葉で
古道具の世界に足を踏み入れてしまうわたし。
骨董品というと
美術品のような高級品と思われてしまいがちですが
掛け軸、書画、置物など観て楽しむ
「鑑賞骨董」と
飾ったりするだけでなく使って楽しめる
家具や雑貨や食器などの
「生活骨董」の
ジャンルがあります。
わたしはもちろん
「生活骨董」
古き時代の暮らしで大切に使われてきた
木や鉄や銅や真鍮やアルミやガラスなど
特に台所道具や家具や器が好きでした。
時を経たものだけにある
傷やさびなどもたまらなく好きでした。
昔どんなふうにつかわれてきたか
わからない道具も
今の暮らしのなかで
どんなふうに使ってみようかと
考えることも大好きでした。
さびた道具に花をあしらったり
お庭のディスプレイにしたり
その時代をへたものをひとつ置くだけで
場の空気がかわる
・・・
それからのわたしは
たくさん学ばせていただきました。
骨董市で出会った
同業の諸先輩方の倉庫におじゃましたり
買取りに同行させてもらえたり。
諸先輩方には
それぞれ得意分野がおありで
たとえば
器に詳しい方
家具がお好きな方
海外ものがお好きな方
・・・いろいろなお話しをさせてもらいながら
たくさんのことを
先輩方の人生をお聞きしながら学ばせていただきました。
諸先輩方から見た
わたしは
とても風変りだったと思います。
30代の女子がひとりで
いろいろ出没しているのに
骨董市には出店しない
市場には出ない
だけど売れる物はなんとなく持っている
・・・
きっと
わたしはおじさま方とはちがう感覚で
これ好きです、欲しいです
というものは
おじさまたちには「??????」
・・・こんなものが欲しいの???
だったかもしれません。
だから取り合いの争いもないし
言われたお値段で買わせてもらうし(値切らない。お安かった。)
当時
わたしがひかれる古い道具たちは
諸先輩方には
こんながらくたをどうして欲しいのかわからない
・・・変人扱いでした(笑)
あるとき
あるおしゃれな雑誌(愛読書)で
「骨董市にいこう」特集がでました。
おしゃれなスタイリストさんが
骨董市で掘り出し物をみつけようブームをつくり
世の中は
レトロなもの、古い家具や道具の波がきました。
奈良で
女性ひとりで
ちいさな車で移動しながらの
古道具屋
きっと
どこにもなかったはずです。
イベント出店のお話しをいただいた日も
雑誌に掲載いただいた日も
ローカルテレビにも出演させていただいた日も
ひとつひとつのすべてのことが
いまにつながってるって思えます。
そして
そんな感じで
奈良の移動古道具屋として
活動をつづけてきたわたし
いつか
屋号を変えようと思っていました。
日本の古道具を扱いだして
私の名前一字をいれたっ
漢字3文字の屋号をって
漠然と思っていたのです。
ここから奇跡がおこります。
なんとなく
箇条書きにしてみました。
わたしの名前・・・・・・・・・「恵」・・・これははずせない
古いものを扱っている・・・「古」・・・古道具
車のこと・・・・・・・・・・・・・・「箱」・・ハコバンとも言うよね
上から順に「恵」「古」「箱」
恵みの古い箱
エコバコ
・・・なんかかわいい・・・・
言葉のひびきもすき☆
女性が古いものをあつかってるってわかる☆
ものをたいせつにするecoにもつながる☆
・・・・!!!決まり・・・!!!
こうして
めでたく屋号を恵古箱にあらため
あたらしい気持ちで
奈良の移動古道具屋として活動をしていきます。
あのとき
言葉がおりてきた感覚でした。
かみさまが
あたえてくださったようにしか思えないできごとでした☆
そして
次回は
場所をもつことになったお話しをします。
つづく☆
