つごうのよい脳 | 不完全なままで完全である

不完全なままで完全である

◇サイキックです、心のことのおたくです、保育士もやってます◇

冷静に
公平に
中立的に
客観的に

こんなふうに自分では思っているつもりでも、
なかなかそうなれないのが普通だと思います。

人って、
自分が生きて来た中で、
よくも悪くも沢山の偏りがあるもの。
だから「ひとそれぞれ」の面白さがあるのですが。

ところで、私がドイツ・フランクフルトに住んでいた時、
ほぼ毎日見ていたある「写真」があります。

それはこれ、



$うれしいカラダよろこぶココロ


私、この写真の中央に写っている人を、
何ヶ月もの間「男性」だと思っていました。

でも、ある日ふと、
写真の全体をぼーっと見たら、
なんと!!!!

ス、スカート!
スカートを履いている!!!!!

宙に浮くかと思うくらい驚きました。
あのときの衝撃は、今でも忘れません。

こういことが、
日々、脳の中で起こっているのです。

「これはこうだ」
「こうに違いない」

と決めつければ、
その通りにしか見えないのが、
脳のしくみというもの。

それ以外の見方が出来ないのが、
脳のしくみというものです。

都合がいいんです、脳って。

対象が、このように「見える」ものであっても、
そしてまた、「見えない」ものであっても同じ事。

都合がよいってことは、
そこに何らかの心地よさがあるから。

たとえ、疲弊してしまうくらい辛い思考でも、
脳にしたら、やはりそれは心地の良い思考なんです。

「良いと思ってやったのに・・・」
というあれです。あの気持ち。
脳の嫌がらせではない。

だけど、
受け取るものの器を広げたいと思う時、
もっと豊かな人生を生きたいと思った時、
こんな毎日嫌だーっと思った時、
この「勘違いしている心地よさ」を変更する必要があるのです。

今見ているモノは、
本当は違う見え方をしているのかも知れない。

時々、こんな風に思うことが、
日々をもっと楽しくする秘訣なのかな、と思っています。


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