韓流時代小説 恋慕~秘苑の蝶~小龍はいざなうー「彼女」と初めてのデート。町に出た東宮は胸弾ませて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

韓流時代小説 秘苑の蝶 第二部

 「恋慕~月に咲く花~」

「秘苑の蝶」第二部スタート。
奇跡の出会いー13歳の世子が満開の金木犀の下で出逢った不思議な少女、その正体は?
第二部では、コンと雪鈴の子どもたちの時代を描く。

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 結局、賛が宮殿に辿り着いたのは、正門が閉まる直前であった。自覚はなかったが、昌と過ごした時間は予想外に長かったようである。
 つまり、世子に忠実無比なホン内官は、東宮殿の寝間で待ちぼうけを食らわされたわけだ。賛が東宮殿にすべり込んだのは、まさに宮殿の門という門が閉まる刻限ぎりぎりだったのだ。
 あと少し遅ければ、賛はホン内官との約束を破る羽目になっていた。居室の窓から飛び込んできた賛を見て、彼は涙眼で訴えた。
「酷いですよ。もう、このまま邸下がお帰りにならないんじゃないか、妓房でまた厄介事に巻き込まれてしまったんじゃないかと気が気ではありませんでした」
 恨めしげに言うホン内官に対して、約束の時間をすっかり忘れていたとは言えるはずもなかった。
  彼は大げさな身振り手振りで言った。
「私は言葉だけでなく、本当に首を吊る羽目になると覚悟しましたもの」
 賛は近寄り、ホン内官を抱きしめた。
「済まん。ヨジンに心配をかけた」
 ホン内官の声に狼狽が混じった。
「邸下、止めて下さい。松月楼で極楽にいるような時間を過ごしたのかどうか知れませんけど、私はその手の趣味はないんです」
 賛は思わずギクリとして彼から離れた。もしや、ホン内官が桂花の秘密を知っているのかどうかと危ぶんだのだ。
 が、落ち着いて考え、ホン内官が松月楼の桂花と金昌が同一人物だと知るはずがないと思い直した。彼は単に同性趣味はないと言っているだけなのに、勘繰りすぎだ。
 つまりは自分がホン内官の何気ない言葉さえ、深読みしてしまうほど動揺している証でもあった。
 それにしても、事は重大ではある。昌はこれから先、どうするつもりなのだろう。ずっと桂花として松月楼で働き続けるつもりなのか。また、義叔父の金明基は蓄電した息子の処遇をどうするのか。謹厳な叔父のことだから、昌が遊廓で、しかも女装して女中などしていると知れば、今度こそ憤死するかもしれない。
 だとすれば、叔父はまだ昌の現状を少なくとも知らないのかもしれない。問題は山積みだ。
 しかしながら、変わらないものが一つある。それは賛の昌への想いだ。
ー私は彼がこれから先、どのように生きるつもりでも、彼の味方だ。
 昌を理解し、支えてゆきたいという考えは変わるどころか、むしろ強くなっていた。
 次に昌と逢えたのは、八月もいよいよ終わりに近づいたある日であった。
 その日、賛は渋るホン内官を説き伏せ、町へ出た。今回も内官のお仕着せを纏い、〝朴文秀〟として正門から出ていったのだ。
 初回と異なり、若い門衛はいかにも疑わしげな表情で賛の面相と偽の身分証を何度も確認していた。正直、東宮だとバレるのではないかと冷や汗ものだったのだ。幾度かの確認後、もう一人の年嵩の門衛が若い方に話しかけてきた。
ーそろそろ交代の時間だぞ。
 お陰で助かった。賛を不審げに見ていた門衛は、気もそぞろになったという様子で顎をしゃくった。
ーよし、行って良いぞ。
 賛は門衛の気が変わらない中に、頭を下げ急いで門を通過したというわけだ。
 それから少し歩き、都大路沿いに露店や商店が建ち並ぶ一角までは何食わぬ顔で歩き、空き店舗に飛び込むと持参した縹色のパジチョゴリに着替えるのも前回と変わらない。
 ここに鏡がないのが残念でならない。賛は乱れてもいない襟元を何度も整え、鐔広の帽子から垂れ下がるブルートパーズの紐を意味もなく引っ張ってみる。
 昌には少しでも格好の良いところを見せたい一心、つまり男心である。身支度を終えると、着ていた内官服を適当に畳み、風呂敷に包んだ。
 何食わぬ顔で空(あき)店(だな)を出て、真っすぐ色町を目指す。都一番の目抜き通りは、今日も押すな押すなの賑わいだ。賛は両手を後ろ手にし、ゆっくりと行き交う人々に混じって歩く。
 心は急くが、君子たるもの、飢えた獣のように浅ましいのは体裁が悪いではないか。
 それでも自然と早足になっていることに、賛自身は気付いていないのが滑稽ではあった。ほどなく色町に入り、妓楼がひしめく通りをまた、ゆったりと歩く。今日は松月楼の表玄関ではなく、裏口に回る。裏口は若い衆や使用人たちが利用する勝手口だ。
 裏口の前では、昌が所在なげに佇んでいる。はやそれだけで、賛の鼓動が速くなる。昌に逢ってからまだ七日しか経っていないにも拘わらず、はや十年も逢っていない気がする。
 賛は笑顔になった。
「桂花」
 呼ばわると、いきなりヌッと昌の前に立ち塞がった者がいる。賛はギョッとした。
 昌の前で用心棒よろしく華月が腕組みをして賛を睥睨している。
「今日は女将さんがここいらの楼主たちの会合で留守だから、あたしが代わりにお目付役を仰せつかってるのさ」
 賛は内心、閉口した。
ー勘弁してくれよ。昌と二人だけじゃないのか?
 大枚を払って昌を連れ出す許可をやっと取ったというのに、これはあんまりだ。前回、妓房を辞す際、賛は女将と交渉して桂花を連れ出す段取りをつけていたのだ。
 と、華月が白い手を突き出している。
「まずは先に貰うものを貰わなきゃね」
 そうだった、衝撃が大きすぎて、先立つものを渡すのを忘れていた。賛は袖から巾着を出し、銭束を二つ華月の掌に載せた。昌と逢う時間を金で買うようで抵抗はあった。しかし、現状、桂花は松月楼で働く下働きなのだから、勤務時間中に彼を連れ出すなら、こうでもするより他ない。