韓流時代小説 恋慕~秘苑の蝶~小龍は花と出逢うー13歳の僕の前に現れた君。僕は一目で君に恋をした | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 秘苑の蝶 第二部

  「恋慕~月に咲く花~」

 

「秘苑の蝶」第二部スタート。
奇跡の出会いー13歳の世子が満開の金木犀の下で出逢った不思議な少女、その正体は?
第二部では、コンと雪鈴の子どもたちの時代を描く。

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    出逢い~黄金の少女(おとめ)~

 花が、降る。
 賛(チヤン)は思わず手を差し伸べずにはいられなかった。彼の掌の上、小さな橙色の花が落ちてくる。一つ、二つ。
 彼は心の中で数えた。可憐な花は太陽の暖かな色をその身に宿したようだ。かつて花の美しさなどに感動したことのない彼でさえ、思わず眼を留めてしまうほどに美しい。
 刹那、サアッーと一陣の強い風が駆け抜けていった。それは優しい秋風と呼ぶには、いささか、ふさわしくなかった。突風ともいえ、彼は咄嗟に手のひらをこめかみに当て風を避けた。
 漸く風の勢いが少し弱まり、彼は顔を庇っていた手を戻す。思わず声が洩れた。
「凄いな」
 彼の少し手前に小さな橙色の花を無数につけた小高い樹が植わっている。金木犀だ。
 今、たくさんの花が風に踊っている。金木犀の花は花びらが散るのではなく、花の形のまま落下する。秋風に舞う橙色の花は、雪のようでいて、雪のようでない不思議な光景だ。
 やがて、完全に風が止んだ。秋の風も心ないことをするものだ、と、柄にもないことを考える。先ほどの強い風のせいで、満開の花たちもかなり散ってしまったのではないか。
 彼はもう一度、金木犀をよく見ようと眼を凝らした。折しも傾いてきた太陽の光が金木犀を真っすぐに照らしている。陽光に包まれた花だけでなく、樹そのものが黄金に輝いているようだ。賛がまた手のひらを額にかざしたのは、眩しすぎたからだった。
 金木犀は一本だけではない。まるで番(つが)いのように二本の樹が寄り添って立っている。いや、どちらもそっくりだから、番いというよりは双子だろうか。
 賛が黄金色(きんいろ)に輝く金木犀に見蕩れていると、突如として並んだ金木犀の茂みがざわっと揺れた。
 賛は知らず飛び上がった。恥ずかしくて弟妹たちには到底言えないが、彼は十三歳にもなって、いまだに雷と怖い話は大の苦手なのだ。一つ違いの弟は何かと賛に競争心を剥き出しにしてくるけれど、あの生意気な弟にこの恥ずかしすぎる秘密がバレでもしたら、もう憤死ものだろう。
 東宮殿に仕える女官たちは、皆おしなべて噂好きだ。彼女たちはむろん世子が他愛ない女官同士の噂話を聞いているとは思いもしない。単なる悪意のない噂にすぎないと理解はしている。
 そして、彼女らの格好の話題は実のところ、広い王宮では事欠かないのだった。昨夜は後宮の無人の殿舎に血まみれのチマチョゴリを着た廃妃の幽霊が出た。その前は後宮の今は使用していない古井戸の側に、ずぶ濡れの若い女官の亡霊が立っていた。
 女官たちは恋愛話と怪談が大好きである。賛もまたそういった類(たぐい)の話は、嫌いではない。よくある怖いもの好きの恐がりである。
 なので、女官たちが夢中で喋っている怪談に、ついつい聞き耳を立て、結果、夜はその話を思い出し怖くて眠れなくなってしまうのだった。
 大体、一国の世子が十歳を過ぎるまで、時々、母后の布団に潜り込んで震えていたなんて言えたものではない。賛は当代の国王直祖と正室の孝慧王妃の第一王子である。直祖は愛妻家で知られており、側妃は一人たりともいなかった。
 従って、賛は嫡出の王子として、生後三ヶ月で世子に冊立されると同時に母后の手を離れた。以来、ずっと東宮殿で起居して今日に至っている。母は当時の王室の慣習には珍しく、我が乳で賛を育てた。もっとも、王妃たる母が一人で育児をしたわけではなく、専任の保母尚宮と交代で赤児だった賛に乳を含ませたのだ。
 物心つくと、賛は夜中にベソをかいて泣き出すことがあった。
ー母上(オバママ)。
 保母尚宮が幾らあやしても、泣き止まない。こんなときは仕方なく、乳母は幼い東宮を抱いて中宮殿に馳せ参じねばならなかった。母王妃はすすり泣く賛を同じ布団に入れ、賛が眠るまで優しい声で子守唄や異国の珍しい話を聞かせてくれたものだ。
 もっと大きくなってからは、女官たちの怪談をまた聞きしては夜、目覚めて怖くなり、夜の闇に紛れて中宮殿に駆けていった。まったく、我ながら恥ずかしい過去、黒歴史である。流石に十歳を過ぎた頃からは、真夜中に中宮殿に行くことはなくなったが、今も布団を被って震えているのは保母尚宮にも内緒だ。
 だから、今も金木犀の狭間から物の怪の類が現れるのではないか。全身に緊張を漲らせて待ち構えていたのだけれどー。
 緑の茂みをかき分けて現れたのは、麗しい少女だった。淡い緑の上衣に華やかな橙色のチマを纏ったその姿は、さながら金木犀の花が人の形を取ったかのようだ。陽の光が少女の編んだ髪を照らしている。少し茶色がかった長い髪が陽光に煌めいていた。
 とても美しい娘だった。雪花石膏のように白くすべらかな肌、棗型の大きな瞳は生き生きと輝き、小さく整った鼻、口許がバランス良く卵形の顔に収まっていた。
 しばらくの間、賛は少女の美しさに見惚れるあまり、惚(ほう)けたように声も出せなかった。
「妖怪(トツケビ)? 女の子?」
 考えるより呟いてしまったのは、少女があまりに美しすぎたせいだ。母后が幼い頃、話してくれたお伽噺には美しすぎる魔物が登場した。
ーあまりに美しいものには魔が潜んでいると、昔の人たちも申したそうですよ。
 母は笑いながら話を締めくくっていた。
 だから、眼の前のこの少女も妖怪ではないかと思ったのだ。