韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は見送るー俺は立ち去る君の背中をここで見送ろう。元気な子を産んでくれー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

******************

 先に反応したのはコンの方だ。
「何と、銀蝶ではないか」
 銀色に輝く蝶は二人をからかうように、その間をひらひらと羽を動かしながら移動する。繊細な羽は蒼白い月光に透けるような儚さで、羽が動く度、キラキラと銀色の光の粉を振りまいている。
 本来であれば、真冬に蝶が飛ぶはずがない。しかし、二人は既にこの世にも希有な銀色の蝶が季節を問わず姿を見せるのを知っている。
 雪鈴も声を上げた。
「さようですね。とても美しい」
 コンが頷いた。
「不思議だな。この蝶をそなたと見るのは初めてではないというに、今夜は何故か、いつもにも増して美しく見える」
 雪鈴の面に淡い微笑がひろがった。
「いつかー夢を見ました。夢の中にも銀色の蝶が現れ、私は何故か王宮へと蝶に導かれたのです。あのときは何と荒唐無稽な夢だとおかしく思ったものでしたけど、今考えてみれば、蝶が見せた夢は現(うつつ)となったわけですね」
 コンが眼をまたたかせた。
「そんなことがあったのか。初めて聞く話だ」
 雪鈴が笑う。
「童でもあるまいに、夢で銀蝶に王宮に連れてゆかれたなどと、恥ずかしくてお話しできるものではありません」
 二人は、しばらくその場に佇んでいた。風が甘い香りを孕んでいる。澄み渡った月明かりを受けて、満開の梅は螺鈿細工のように煌めいている。
 コンがまた唐突に口を開いた。
「俺は気づいていたよ」
 雪鈴が物問いたげに見つめるのに、彼はうつむいた。
「四阿に入ってきたそなたを見たときから、雪鈴が別離を言い出すのは判っていた」
「ー」
 雪鈴は言葉もなく、王の言葉を聞いているしかない。
 彼がふと自嘲めいて言った。
「俺は最後の最後まで、そなたに女々しいところを見せてばかりだ」
 雪鈴は何か言おうとして、口先まで出かけた言葉を飲み込んだ。今になって何をどう言おうとも、別離を回避できるわけではない。
 もっともらしい言葉を重ねれば重ねるだけ、空疎になるだけだ。
 コンが優しい微笑を浮かべた。
「二人共に帰るより、別々に帰った方が良い。俺はここでそなたを見送ろう。気をつけて帰りなさい」
 雪鈴はハッと胸をつかれ、想い人の綺麗な顔をじいっと見つめた。
 ーこれが最後。その想いが万感の情を引き寄せる。彼女は何も言わず、両手を組んで眼の高さに持ち上げた。チマが汚れるのも頓着せず、座って一礼し、また立ち上がって深く頭を下げる。この国の王ではなく、大好きな男に捧げる拝礼だ。お腹が大きすぎるため、自分でももどかしいほどゆっくりとしか動けない。座った体勢から立ち上がるのもやっとという有り様だ。
 コンは黙って拝礼する彼女を見ていた。
 やがてポツリと言った。
「健やかな子を産んでくれ」
 敢えて後ろは振り向かなかったけれど、背後でコンが見つめているのが判る。
 雪鈴は涙を堪えて殿舎までの道程を歩いた。
 忙しない雲がまた月を隠し、夜道はかなり暗かった。だが、心配はなかった。あの銀蝶が道先案内人のごとく、足下をふわふわと漂いながら殿舎までの夜道を照らしてくれたのだ。
 銀色の蝶そのものが淡く発光しているため、灯りの役割を果たしてくれた。そのお陰で、雪鈴は小石や枯れ枝につまずくこともなく、無事に殿舎まで帰り着くことができたのだった。
「ありがとう」
 雪鈴が礼を言うと、銀蝶はまた応えるかのように、ひらひらと美しい羽を動かした。
 雪鈴をちゃんと殿舎まで送り届けると役目を終えたとでもいうかのように、銀蝶はいずこへともなく飛び去った。
ー泣いては駄目。絶対に泣かないと決めたんだもの。
 それでも見慣れた殿舎が見えてきたときは、もう堪え切れずドッと涙が溢れ出した。
 居室では馬尚宮が檻の中の熊のように行きつ戻りつして帰りを待っていた。
 雪鈴の姿を認め、馬尚宮は安堵の色を隠しようもないのは今更だ。雪鈴は馬尚宮の胸に飛び込むと、声を殺して泣いた。
「尚宮さま」
 何を言わずとも、馬尚宮は今宵、王との間で起きたことを察してくれているはずだ。彼女は雪鈴を抱きしめ、ただ幼子をあやすかのように優しく背を撫で続けた。
 だから、雪鈴は知らなかった。銀色の蝶が居室の窓の向こうで、ひらひら舞っているのを。蝶はかなり長い間、雪鈴を案ずるかのごとく、その場にとどまっていた。