韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は嘆くーそなた無しで王の道は歩けない。雪鈴は王妃にはなってくれないのか | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

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 声が震えないようにするのが精一杯だ。その瞬間、コンの切れ長の眼が雪鈴を射るように見開かれた。
 震える声に、王の動揺がはっきりと表れている。
「何故だ? そなたは俺をまた捨てるのか!」
 雪鈴は瞳に懸命な色を浮かべた。
「殿下はいつか、私に話して下さいました」
 コンに志があるのかと雪鈴が問うたことがあった。その問いに対して、コンがくれた言葉は今も雪鈴の中で鮮やかに息づいている。
ーいや、判らないというのとも違うな。民のために、何かしたい。一部の連中だけが特権を貪るのはおかしい。飢えで亡くなる幼い子を無くし、民たちが安心して暮らせる国を作りたい。
 最初は判らないと応えた彼だったけれど、考えながら言葉を選んで彼なりの夢を語ってくれたのだ。
ーおかしいだろう? 任官すらしていない俺が政治について語り、その上、民が安心して暮らせる国を作りたいだなんて。理想論すぎるよな。まさに絵に描いた餅だ。何の意味もありはしない。
 自嘲気味に言った彼に、雪鈴は夢を持つことは大切だ、少しずつ今の自分にできることをしてゆけば、いつかは夢の実現に近づくのではないかと控えめに伝えたのだ。
 雪鈴は真摯な眼で彼を見つめた。
「今こそ、民が安心して暮らせる国を作りたいとおっしゃった、あのお志を果たされるべきときです。どうか、この朝鮮を慈愛の光で遍く照らす聖君におなり下さい」
 コンの声がかすかにひび割れた。
「そなたを失い、たった一人で王の道を歩けと申すのか?」
 雪鈴は静謐に言った。
「私の心はいつでも殿下のお側にあります」
 いつだって、愛する男の御世が平らかであるのを願っている。
 コンが烈しく首を振る。
「いやだ。俺は雪鈴なしで王の道は歩けない」
 雪鈴の語調がやや強くなった。
「殿下、王は、この国の父におわします。殿下はもう文陽君ではないのですよ。万民の父であり、民という大勢の子どもたちの生命が殿下の手の中にあるのを忘れてはなりません。親は子を無条件に慈しむものであり、いつでも最優先に考えるべきです。そのことをけしてお忘れにならないで」
 雪鈴は暗に言ったのだ。玉座に座った以上、もう無責任に王としての責務を放り出すことはできない、王の肩にはこの国のあまたの民の生活がかかっているのだと。
 コンが泣き笑いの顔で言った。
「そなたがそれを俺に言うのか」
 雪鈴は深く頭を垂れた。
「ご無礼が過ぎましたら、お許し下さいませ。さりながら、私はこの国の民、殿下の臣下の一人として、殿下には正道を歩んでいって頂きたいのです」
 コンが呟いた。
「正道ー、それが先ほど、そなたが俺に説いた王としての道か」
 コンがひたむきな眼を雪鈴に向けた。
「王が国と民の父であるなら、その隣には母たる王妃が必要だ。雪鈴、そなたは国の母になってはくれぬというのか」
 雪鈴は面を伏せた体勢で応えた。
「殿下、私は先王殿下にお仕えしました。未来永劫、その事実は消せません。そんな私がどうして殿下の隣に立つことが許されるでしょうか。本来であれば、こうして、お逢いするのも許されぬ立場です」
 もっともな言葉を並べ立てながら、心では泣いていた。
ー私だって、殿下の隣にいたいのです。
 叶うなら、最愛の男と共に同じ道を歩きたい。けれど、雪鈴には夢見てはならない未来なのだ。
 だから、心を鬼にして彼に告げた。
「聞くところによりますと、ご即位早々から、重臣たちが息女を後宮に入れたいと願い出ているとか。殿下におかれましては一日も早く正妃さまをお迎えになり、お世継ぎを儲けて頂きたく思います」
 コンが振り絞るように言う。
「もう一度だけ言う。やはり、そなたは王妃にはなってくれないのか」
 雪鈴が儚げに笑んだ。
「私は中殿さま(チユジヨンマーマ)の位にふさわしくはありません。もっと別のふさわしき方をお迎え下さい」
 コンの美麗な面に、あからさまな落胆が走った。
「どうあっても、この手を取ってはくれないんだな」
 それからしばらく、二人の間に言葉はなかった。コンはただ黙して夜の蓮池を見つめ、雪鈴は彼の隣に寄り添っていた。
 とても静かな時間が流れてゆく。会話はなくとも、気心の知れた者同士が共有することのできる居心地の良い時間だった。
 彼の隣に立てるのも、今夜が最後。その想いは刻と共に増していった。
 かなり夜も更けたと思える頃、雪鈴は控えめにそろそろ殿舎に戻ることを告げた。
 コンは引き留めるでもなく、一緒に四阿を出て、二人はまた並んで小道を歩いた。少し進んだところで、彼が突如して歩みを止めた。
 夜陰に混じった花の香りがひときわ濃くなった。ふと見上げれば、梅の花が満開になっている。雪のように真白(ましろ)な白梅、可愛らしい薄ピンクの梅が寄り添い合うように植わっている。いずれもが盛りで、芳香はここから流れてきていたようである。
 コンは頭上を振り仰いでいる。雪鈴も彼に倣って満開の梅を眺めた。
 厚雲に覆われていた月が再び顔を出し、清かな光を秘苑に投げかけていた。夜もいよいよ更け、風も止んだようである。
 と、いきなり宵闇の中から銀色に輝くものが出現し、雪鈴を愕かせた。