韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は執着するー違う人生を歩み始めた俺たち。二度と君の温もりを感じられない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。
更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてあり

やはり、銀蝶が未来を

告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編。

******

 

まったく何を見てもコンを思い出すとは我ながら未練なことだ。立太子礼を終えたコンは既に東宮殿に入り、世子としての待遇を受けている。現段階では世子の婚姻についての話は聞こえてこないけれど、そう遠くないはずだ。
 二十七歳になった世子が独身というのも不自然すぎるし、何より、コンは世継ぎの君として一日も早く後継者を儲ける必要がある。
 花たちをいつまでも眺めていたいけれど、そろそろ長い夏の陽も暮れようとしていた。宵闇が足下まで這い寄ってきている。
 また心配性の尚宮を心配させるのも可哀想だ。名残は尽きないが、ここで姫貝細工を見られただけでも幸せだったと思うことにしよう。
 雪鈴が足を踏み出したのと、向こうからひそやかな足音が聞こえたのはほぼ時を同じくしていた。雪鈴はなにげなく顔を上げ、視線を足音のした方へ向ける。
 一方、相手も相当驚愕したようで、茫然と立ち尽くしている。しかも、あろうことか、眼前に佇むのは蒼色の龍袍を纏う東宮ーコンであった。世子も王と同様、龍袍を纏うが、異なるのは色と金糸銀糸で縫い取られた龍の足の数である。世子の方が少ないのだ。
 王の側室と世子とでは、本来は側室の方が格上とされる。しかし、雪鈴は正式な側室というわけではない。慌てて一歩下がり、深く頭を垂れ礼を取った。
 世子(コン)は雪鈴を認めると、足早に歩いてきて眼の前に立った。万事休す、こんなところでコンに出逢うとは想像もしなかった。通常なら世子の外出にはたとえ王宮庭園であろうと、大勢のお付きがつくものだ。が、コンは格式張ったことを嫌う人だ。恐らく、黙って一人、東宮殿を抜け出してきたに相違ない。
 雪鈴は依然として頭を下げたままだ。コンがどこか皮肉げな口調で言った。
「ホホウ、秘苑には麗しい王のための花があまた咲いているとは聞いてはいたが、まさか、このように美しき花を見られるとは」
 丈長の上衣の下で組んだ雪鈴の手が震える。
「ご機嫌麗しく何よりにございます、世子邸下」
 コンが呆れたように言った。
「そなたに俺の機嫌の何が判る?」
 これは挑発だ。雪鈴の両手に嫌な汗が滲んだ。
「申し訳ありませんでした。愚かな私が世子邸下のご機嫌を損ねたのであれば、お許し頂きとうございます」
 何とか無難にこの場をやり過ごそうとしてみたが、生憎とコンにその気はなさそうだ。
 彼が一歩、踏み出してくる。雪鈴は気圧されたように一歩後退した。
「まどろっこしい挨拶はこの際なしだ。俺もそんなのは嫌いだが、そなたも心にもない世辞を言うのは苦手だろう、雪鈴」
 コンが自らを落ち着かせるように息を吐き、雪鈴を見た。
「だが、ここで雪鈴に逢えたのは、神仏がまだ俺を見放していないからだろうと思いたい。雪鈴、そなたとは一度、ゆっくりと話したいと思っていた」
 雪鈴は心を鬼にして言う。
「私にはお話しすることはありません」
 コンの綺麗な顔に傷ついた表情がよぎる。そう、あの雨の朝、紫陽花の前で別れを告げたときも彼はまったく同じ表情をしたのだ。
「殿舎に戻らねばなりませんゆえ、失礼致します」
 頭を下げ行き過ぎようとした彼女の細腕が掴まれた。
「待ってくれ」
 馬尚宮が意を決したように、コンの前に進み出た。深く礼を取りつつも言う。
「畏れながら世子邸下。尚宮さまは国王殿下の想い人におわします。たとい世子邸下におかれましても、殿下の想い人には指一本たり触れることは許されません」
 コンが烈しい眼で尚宮を睨みつけた。
「たかだか尚宮の分際で世子たる俺に指図するのか」
 雪鈴は尚宮を庇うように、その前に立ちはだかった。
「邸下、忠義の者の忠心ゆえの失言です。広い心でお許し下さい」
 コンが顎をしゃくった。
「尚宮はしばらく離れていよ」
 雪鈴は尚宮を安心させるかのように微笑みかけた。
「私なら大丈夫だから。邸下は私を傷つけたりはなさらない」
 尚宮は気遣わしげな面持ちのまま、二人から離れた方まで歩いていった。あの距離では何を話したとしても聞こえない。
 コンが改めて雪鈴を見つめた。
「雪鈴、頼むから、そなたの本心を聞かせてくれ」
 本心、本心と雪鈴は心で繰り返した。仮にこの場で真実を告げたら? 本当はあなたの将来のために心にもない科白を告げて背を向けた。今、私はあなたの子どもを身籠もっている。今度こそ過ちは犯したくないから、あなたと私たちの子と三人でやり直したい。
 すべてをぶちまけてしまえたら、どんなにか気が楽だろう。
 だが、そんなことをしてどうなる? あの雨の朝、血の涙を流したのはコンだけではない。雪鈴だって、心にもない酷い言葉のつぶてを繰り出しながら、心では泣いていたのだ。
 今ここで真実を話してしまえば、あの日の涙はすべて無駄になってしまう。また真実を告げたところで、どうなるものでもないとも判っている。雪鈴は既に王の想い者となり、コンは次期王座を約束された世子となった。二人ともに別々の人生を歩き始めたのだ。
 今になって話したところで、真実を知れば、彼は余計に苦しむだけだ。いや、最悪、彼が真実を知れば、生命と引き替えにしても、国王から雪鈴と我が子を奪い返そうとするに違いない。