韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は誘うー秘められた王宮庭園での劇的再会。彼は私に何を求めているのかー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。
更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてあり

やはり、銀蝶が未来を

告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編。

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 つまりは、内官長が直々に煎薬と王の言づてを持ってきたからには、彼は王からある程度の真実は伝えられたと考えて良いだろう。
 もっとも、このどこかへ感情を置き忘れてきたかのような老人であれば何を知ったとしても、それはたいした問題ではないのかもしれない。
 また、命じられて薬を調合した医官も雪鈴の懐妊を必然的に知ることになったはずだ。
子種のない国王の妃が何故、〝懐妊〟したのか? しかも閨に召されて、わずか十数日で妊娠が判るはずがない。
 そこから先は一切踏み込まないのが我が生命を守るためだと、彼は悟ったに違いない。
 国王がわざわざ内医院に命じて作らせ、賜った煎薬だ。尚宮が殊の外感激し、せっせと朝夕に煎じて飲ませてくれた。そのお陰か、悪阻は殆ど治まり、いつも傍に控える尚宮に懐妊について気づかれる心配もなくなった。
 しばらく静かな時間が過ぎた。雪鈴は四阿の正面に佇み、腹の底から息を吸い込んだ。
 まだ昼間の暑熱が残っているけれど、夕刻になって風がほんの少し涼しくなってきたようだ。特に水面を渡る風はひんやりとして心地良い。
 ここまで歩いてくる道中、かいた汗がスウと引いてゆくのが判った。尚宮は四阿のすぐ側で控えている。もう少し風に吹かれていたいが、外で待つ尚宮は暑いだろう。四阿の軒先で辛うじて陰になっているとはいえ、池から吹く風もここまでは届かない。
「そろそろ帰りましょうか」
 雪鈴が四阿から出てくると、尚宮がホッとした顔で頷いた。
 雪鈴は袖から手巾を取り出し、尚宮の顔に浮かんだ汗を拭いてやる。何しろ、かなり太っているため、この季節は少し歩いただけで大量の汗をかくのは見ていて気の毒なほどである。尚宮は一体、何をされているのか判らないといった体だ。
「こんな時間に外歩きしたいだなんて、私の我が儘に付き合わせて申し訳なかったわ」
 雪鈴の言葉に、尚宮が眼を潤ませた。
「勿体ないことです」
 雪鈴が微笑む。
「大袈裟ねえ」
 と、尚宮が涙を流しながら言った。
「私事ではありますが、尚宮さま、私には娘がいたのです」
 初めて耳にする話だ。尚宮が自らのことを語ることはなく、雪鈴は頷いた。
「亡くなった良人との間に一女を儲けまして、宮仕えのために襁褓の取れぬ我が子を婚家に置いて出仕しました」
 娘の養育は姑や乳母に任せきりではあったが、たまに休みを得て戻ると、娘は母に甘えて懐いたのが愛おしかった。適齢期になり、人の紹介で相応の両班家に嫁ぎ、すぐに懐妊したところまでは良かったけれど、難産で腹の子もろとも亡くなったという。
 すべてを聞き終え、雪鈴は尚宮を抱きしめた。
「あなたも色々と辛い想いをしたのね」
 急に抱きしめられた尚宮はまたも目を白黒させている。
「マ、尚宮さま(マーマニム)」
 雪鈴はポンポンと尚宮の背中を叩き、身を離した。
「畏れ多いことですが、娘が生きていれば丁度、尚宮さまと同じ歳頃なもので、つい」
 また声を詰まらせるのに、雪鈴はにっこりと笑った。
「私も事情があって、母とは生き別れになったの。あなたは後宮での私のお母さん同然よ。不肖の娘だけれど、これからもよろしくね」
 尚宮は感激のあまり、望陀の涙を流している。
「はっ、はい。この生命に代えましても、尚宮さまをお守り致す所存」
 雪鈴は真顔で首を振った。
「あなたの生命も人生もあなたのものよ。大切なあなたの生命を私のために無駄にするなんて許さないから」
 尚宮はその言葉にまた泣いた。まったく泣き虫な人である。雪鈴はまた手巾で尚宮の涙を甲斐甲斐しく拭いた。
 そのときだ。雪鈴の歩みがふと止まる。
「姫貝細工(ローダンセ)だわ」
 少し前方に鮮やかな色彩が見えた。近寄ってみれば、やはり大好きな姫貝細工である。真夏の今、そろそろ、この花の季節も終わりだというのに、ひと群れの姫貝細工は身を寄せ合うようにして咲いていた。やけに健気に見え、雪鈴は涙ぐんで見つめた。
 セサリ町で暮らしたコンの屋敷にも、姫貝細工はたくさん咲いていた。それから、彼の妹清明の希望で出掛けた姫乃原の姫貝細工も言葉に尽くせないほど綺麗だった。
 もう二度と、あれらの花を見ることは叶わないだろうと思っていたのに、よもや秘苑でこの想い出の花を見られることになるとは。
 姫貝細工は濃いピンクの花もあれば、純白の花も混じっている。そっと指で触れると、カサカサとした紙のような手触りが懐かしい。殊に濃いピンクの花びらの鮮やかさは、コンから求愛の証として贈られたピンクサファイアのノリゲをどうしても思い出してしまう。あのノリゲは後宮に入るまでは普段つけていたのだけれど、流石にコンから贈られた帯飾りを堂々と後宮でつける勇気はなかった。今は室の文机の引き出しに大切にしまっている。
 辺りに甘い香りがほのかに満ちているのは、姫貝細工のせいだけではなさそうだ。頭上には樹齢も定かではない大樹が幾つも続き、その傍らには凌霄花(のうぜんかずら)が大樹に身を寄り添わせるように絡みつき、幾つも花をつけている。凌霄花はピンクというよりは艶やかな赤色だ。
 愛らしい乙女を思わせる姫貝細工と、濃艶な色香溢れる熟れた女のような凌霄花。何とも絵になる風景だ。恐らく、ここにコンがいれば早速画帳を取り出し、いそいそと絵筆を走らせるに相違ない。