韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は嘆くー嘘の上に嘘を重ねた偽りの家族。お腹の子は王ではなくコン様の子供 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。
更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてあり得ない。
やはり、銀蝶が未来を告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編。

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 雪鈴は布団から抜け出し、文机に向かった。引き出しを開けると、桃色の巾着(チユモニ)が現れた。雪鈴は巾着から桃色蒼玉(ピンクサファイア)のノリゲを取り出し、手のひらに乗せる。
 これはコンから初めて想いを打ち明けられた日、贈られた。龍と鳳凰が表面に精緻に彫り込まれた逸品である。本来は王族男子誕生の砌、時の国王から下賜されるものであり、蒼玉のノリゲはコンが持ち、雪鈴が持つ桃色蒼玉の方は王子が長じて婚姻した際、妻となる女性に渡すものだ。雪鈴は、その意味を知らない。
 室に填め込まれた八角形の窓を通して、真夏の陽光が差し込んでいる。この季節とて、両脇に垂れている薄紅の帳は脇へ寄せられ、窓は半ば開けられていた。風があるのか、同じ薄紅の蝶飾りが揺れている。
 ふいに、ピンクサファイアのノリゲが涙でぼやけた。
 王は雪鈴の予期せぬ懐妊を厭うどころか、むしろ歓迎している様子でさえあった。王自身が言うように、生涯子を望めぬと思っていたところ、妃が〝懐妊〟した。たとえ自分の胤ではないと判っていても、人並みに〝父〟となるのが嬉しいのだとー王は語っていた。
 ありがたいことだと思う。懐の広い、優しい人だと思うし、これは格別の温情なのだとも理解していた。本来であれば、懐妊が発覚したそのときに腹の子ごと切り捨てられていても文句は言えない状況だ。
 だがー。何故か雪鈴は素直に歓べない。おそよ考えられる最善の形で、事は収まろうとしている。雪鈴は当代の王の後宮で初めて懐妊した殊勲のお腹さま第一号となる。そう時を経ずして、昇進は間違いなく、正式な側室になるのは時間の問題だ。
 万が一、王子を産めば、間違いなくコンの次に王となるのは、その子だ。いや、もしや陽祖に王子が生まれたということで、コンの世子としての地位そのものが揺らぐかもしれない。
 腹の子は王の胤ではなく、コンの子なのに、息子が父の地位を脅かすかもしれないなんて。雪鈴はけして、そんなことを望まない。元々、玉の輿だとかには皆目興味も憧れもない。我が子が世子、国王になれると想像しても歓びはない。
 雪鈴が心から望むのは、愛するコンの幸せのみだ。だからこそを身を切るような辛い想いで別れたのに。天はあまりに残酷すぎる。
 今になってコンとの間の結晶を授けて下されるなんて。
 叶うなら、腹の子は王の胤ではなく、コンの子だと叫びたい。偽りの家族ではなく、腹の子の父であるコンと生まれてくる子の三人で家族を作りたい。
 しかし、所詮は願ってはならない望みであった。コンは王の望むように戸曹判書の息女と結婚する。いずれ世子嬪となった夫人の間に子にも恵まれるだろう。コンの息子や娘を堂々と産める女性が羨ましい。
 開けたままの引き出しには守り刀も入っている。黒塗りに咲き誇る桜と満月が象嵌された見事なものだ。過ぐる日、コンが雪鈴に贈ってくれた懐剣である。
ーこれは生命を絶つためではなく、そなた自身を守る剣だ。お守りとして持つと良い。
 この懐剣と共に彼がくれた言葉は、今も雪鈴の心の中で生きている。
 両班の娘は物心ついたときには、母親から懐剣を渡される。それは護身用であると共に、万が一、辱めを与えられそうになれば自ら生命を絶って誇りを守るようにという教えも込められていた。
 だが、コンは言ったのだ。懐剣は生命を絶つためではなく、守るために持つものだと。
 かつて雪鈴は前夫ハソンの両親から良人の後を追えと迫られ、生命を絶つための懐剣まで渡された。コンが雪鈴にくれた言葉の裏には、哀しい想いをしてきた雪鈴へ渡す懐剣だからこそコンなりにこめた想いがあったと理解できた。
 雪鈴はそっと刀の鞘を払った。七月の陽光に懐剣の切っ先が鈍い光を放った。
 いっそ、このまま果ててしまおうか。
 そんな自虐的な想いが胸をかすめた。
 どうやら、自分はどうしたって幸せになれる星の下にはないらしい。前夫ハソンは祝言後五日目に急死し、漸く心から愛するコンと巡り逢えたのに、今度は残酷な運命によってまたも引き裂かれた。
 我が身は陽祖の後宮で妃として暮らし、王の御子の母となる。コンは他の女性を娶り、いずれは世子から次の王となる。
 今や雪鈴とコンの生きる道はまったく異なってしまった。二度と交わることはない。承知の上で、自ら決断した別離だ。
 決断したときには、当然ながら懐妊を知るはずもなく、こうなってしまったからといって時を戻せるものでもない。
 どれだけ想像しようとしても、雪鈴には王の後宮で王の御子の母として暮らす自分が思い描けないのだった。偽りの上に更に偽りを重ねた偽の家族。そんなものが幸せだとも思えない。ただ空しいだけだ。
 そんな空疎な日々を重ねるだけならば、いっそー。雪鈴は抜き身の懐剣の柄を両手で持ち、眼を瞑った。この切っ先で胸をひと突きすれば、こんな苦しみから逃れられる。コンが自分ではない別の誰かに微笑みかけ、幸せな家庭を築くのを眺めることもない。
 そこで懐剣を持つ手が大きく震え、力なく落ちた。
 でも、この刀は彼がくれたものだ。コンがくれた守り刀で生命を絶てば、彼が哀しむ。
 何故、懐剣を渡したのかと自分を責めるだろう。
ー私がいつだって願うのはコンさまの幸せだけだもの。
 コンの嘆きを思えば、この懐剣で自害ができるはずもなかった。