第四話 韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】 後編
～王と世子（コン）の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し～
国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。
だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。
更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。
ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてあり得ない。
やはり、銀蝶が未来を告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
嵐の王宮編、怒濤の展開、後編。
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王の双眸に熱が灯った。気がつけば、灼けるような視線が向けられている。
真夏の夜とて、雪鈴の上半身は胸に布を巻き、肩から生絹(すずし)の上衣を羽織っている。剥き出しの肩は薄物を通して丸見えだ。すべてを露出するより、男の好き心を刺激するしどけなさだと雪鈴自身は知らない。
王が更に近づき、雪鈴の前結びになった薄物の上衣の紐を解き始めた。
「そなたを描いてみたい」
刹那、雪鈴の身体に大きな震えが走った。
ー生まれたままの姿の雪鈴を描きたい。
海辺で過ごした六月のあのひととき、コンは熱を帯びたまなざしで雪鈴を見つめ言った。
今、この瞬間、王はあのときのコンとそっくり同じ口調で同じ科白を口にする。思わず目眩がしそうだ。
吐き気がするほど手慣れた様子でチョゴリの前紐は解かれ、はらりと薄い上衣が落ちた。さながらもぎ取られた繊細な蝶の羽のようだ。次いで胸に巻いた布もするすると解かれ、寝台の上にとぐろを巻いて落ちた。
思わず両手を交差させ、不躾な男の視線から胸を隠す。王が身じろぎし、宮棚（ヘッドボード）に手を伸ばした。表面に木蓮が彫り込まれた宝石箱を開き、中から取り出したのは首飾りと髪飾りだった
滴型の石は艶やかな緑で、新緑を思わせる見事なものだ。周囲を銀色の繊細な蔦が飾り、鎖は同色の細いものがついている。髪飾りはお揃いらしく、やはり同じ意匠で、違っているのは蔦に小さな銀色の小鳥がついているところだ。
王は宝石箱の蓋を閉め、翠玉(エメラルド)の首飾りを雪鈴の首に掛けた。更に緩く束ねた髪を解けば、黒檀の艶やかな髪が流れ落ちる。
王は翠玉の髪飾りを雪鈴の横髪に挿した。
「そなたは美しい。美しい女は美しいものに囲まれていると、その美しさが際立つ」
言いながら、王は雪鈴のチマも脱がせてゆく。最初から下履きは身につけていない。夜伽を務める妃は皆、下着はつけないのがしきたりだそうだ。
男の濡れた声が耳許で囁く。
「隠すな」
それでも頑なに胸を覆う雪鈴の手が強引に、けれど優しくどけられた。
王が感に堪えたように言う。
「何と美しい身体だ」
少し離れた場所に陣取り、しげしげと見つめられる。
「どれ、見せてごらん」
熱い視線が素肌を焦がすようだ。あまりの羞恥に声を上げて泣きたかった。この場から逃げ出したかった。
「そのまま横座りになって」
王に言われるがまま、雪鈴は両脚を揃え横に流して座る。王は一旦外に出てから画帳と筆、墨壺を持ち込んだ。
「しばらく、そのままでいてくれ。多少は動いても構わぬ」
しばらく静かな時間が続いた。王は雪鈴を燃えるような瞳で見つめては、画帳に筆を走らせている。この構図は嫌が上にも、海辺でコンと過ごした時間を思い起こさせる。
あの海辺での密度の濃いひととき、コンも王と同じように黒い瞳にすべてを燃やし尽くすような熱を滾らせ、生まれたままの雪鈴を画帳に写し取っていったのだ。
頭がボウと痺れて、何だか自分が自分ではなくなってゆく。王の瞳の奥で燃え盛る焔に我が身まで焼き尽くされたかのようだ。
時間の感覚を失いそうなった頃、漸く王が口を開いた。
「もう動いても良いぞ」
この男の瞳に自分がどんな風に映じたのか。気にならないといえば嘘になる。雪鈴の心など見透かしているのか、王が手招きした。
「見たいか？」
頷くと、手招きされた。開いた画帳を差し出される。そこには眼を覆いたくなるような淫らな自分が映し出されていた。
雪鈴は思わず顔を背けた。
「いやっ」
王が笑い声を上げた。
「何も恥ずかしがることはなかろう」
次いで熱っぽい口調で囁かれる。
「文陽君もこんな風にそなたを描いたのか？」
雪鈴は咄嗟のことに声も出なかった。
「ーっ」
王の双眸が淡い闇に満たされた寝台の内で異様な輝きを放つ。
「文陽君も何も身につけてはいないそなたを描いたのか？」
応えられずにいると、乱暴に背後から引き、そのまま寝台に押し倒されれ、ついに雪鈴が陥落した。
「ーぁ」
洩れ出た声は我ながら恥じ入るほど官能的な響きを帯びている。引き出した反応に自信を得たらしく、蹂躙は続いた。
「ぅう、あ、あ」
雪鈴は堪らず切なげな声を上げ、弄られるだけでは足りないとばかりに自ら胸を反らし男の口許に近づけた。
王が嬉しげに言う。
「ご覧、朕に可愛がられて歓んだそなたの身体がこんなに感じている」
何とも淫らな光景である。
「ーいや」
「淫らで可愛い、感じやすい身体だ」
「あぁ、ああっ」
雪鈴は声を上げながら、男にしがみつく。
確か、こんな風に私を抱いた男が以前にもいたような気がする。彼は私の上を荒々しく通り過ぎる風となり、私は彼の上で花びらを幾度も散らした。
互いの身体がどこからどこまでなのか、二人が一つに溶け合ってしまったのではないかとさえ感じた、あの夜。
もう二度と彼と離れたくないと一途に願った。あの男は誰？