韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は花を乱すー今宵、そなたを寝所に呼ぶー王の褥に侍る夜、心も体も冷える | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす
更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてあり得ない。
やはり、銀蝶が未来を告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編。

******

 そこで、雪鈴はわざと明るい声音で言った。
「殿下、私、地方育ちなので、初めて宮殿の偉容を目の当たりにして感激しております。特にこの勤政殿の素晴らしいこと。小説の挿絵ではよく見ましたが、本物の宮殿は初めてです」
 王が吹き出した。剣呑な表情は消えている。
何か面白がっているような感じだ。
「そなたは面白きことを突拍子もなく申すおなごだな。どれ、そんなに王宮が珍しいなら、朕が案内してやろう」
 王の背後には内官長を初めとするお付き集団が控えている。雪鈴が王と並んで歩き出すと、大勢の集団もゆっくりと付いてきた。
「ここは竜道と申し、王のみが歩くことを許されている」
 正面の御殿へと真っ直ぐに続く中央の道を歩きながら、王が説明してくれる。雪鈴が飛び上がった。
「大変、私、今、竜道を歩いてしまいました」
 そこで王が声を上げて笑った。あまりに楽しげに笑うので、少し離れて付いてくるお付き集団が何事かと耳をそばだてているのが判る。
「朕が許可していると言えば、問題はなかろう」
 雪鈴は一瞬、虚を突かれた表情になり、それから笑った。
「そうですね。殿下がお許し下さるのなら」
 改めて勤政殿を中心にひろがる正面広場を眺め渡す。
「ここでは国の儀式が行われるのですよね」
 頭に入っている知識を総動員しながら訊ねると、王がまた笑った。
「そうだ。王の即位式や嘉礼など、王室の行事はここで行われることが多い」
 王がおもむろに雪鈴を見た。
「世子冊封の儀もここで行われる」
 あまりに自然にさらりと言われたため、雪鈴は咄嗟に身構えることができなかった。
「ーっ」
 過剰に反応してはならないと思いつつ、世子ーコンの存在をほのめかされると、動揺が表に出てしまう。
 そっと窺えば、王は静謐なまなざしで雪鈴を見ている。狼狽えているのは我が身だけだ。
 わざと王がその話題を出したのかは取り澄ました顔からは判らない。
 その後も王は雪鈴を別宮に案内し趣のある建物の由来について事細かに説明してくれた。だが、雪鈴はもう到底話を聞く心の余裕はなかった。上辺は微笑んで王の話に頷きながらも、心はコンのことで一杯だった。
ーコンさまは今頃、どうしておいでなのか。
 薄情な自分なんてさっさと忘れて、世子嬪を迎えることを前向きに考えてくれていると良いのだけれど。
 かれこれ半刻は過ぎた頃、王が言った。
「今日はここまでにしておこう。また宮殿見物がしたくなったら、遠慮無く申すが良い」
 王の言葉に、想いに耽っていた雪鈴は現に引き戻される。
「はい、今日はお忙しい中、お時間を頂きまして、ありがとうございます」
 大丈夫だろうか。自分は何とか上辺だけは取り繕えただろうか。不安ではあれども、今は微笑みを絶やすわけにはゆかない。
 王がスと身を寄せた。
「どうやら、そなたを好きにさせすぎたようだ。先刻の左議政の婿の件についても、王の妃がやたら若い男と親しげにふるまうのは醜聞の因となる。たとえ従兄の学友であろうとなかろうと、誤解を招くふるまいは止めなさい。下手をすれば、身の破滅を招きかねない。後宮とは、そういう場所なのだ」
 雪鈴の背筋にまた嫌な汗が滲む。
「はい、お言葉、胸に刻みます」
 更に身を近づけられ、雪鈴は反射的に身をひきそうになるも辛うじて踏ん張った。
「今宵、そなたを寝所に呼ぶ。そのつもりで」
 言い終えるや、王は踵を返す。あまたのお付き集団も回れ右して後をぞろぞろと付いていった。
 夏だというのに、雪鈴の身体は今や氷と化したかのように冷たい。そうだ、自分はここ(王宮)
に遊びにきたわけではなかった。
ーどうやら、そなたを好きにさせすぎたようだ。
 王の去り際のひと言が何より物語っていた。入内して四日、夜のお召しもなく、ただ平坦に過ぎてゆく日々にどこかで安堵していた。このままずっと何事も無く刻が過ぎてゆくのではないか。あらぬ夢を見ていた。
 傍らから尚宮が言った。
「これより夜伽のお支度を調えねばなりません。こうしてはおられませんわ。殿舎に戻りましょう」
 どことはなく尚宮の口調が華やいでいるのは気の回し過ぎだろうか。仕える女君が王の寵愛をどれだけ受けるかは、仕える者たちにとっては大きな問題だ。寵愛の厚い側室ほど後宮で時めき、力を得る。主人が時めけば、仕える者たちもまた我が物顔で後宮を闊歩できるというものだ。
 王のお渡りがあれば、老いた尚宮は別として、若い女官は自分も王の眼に止まる可能性さえある。単なる使用人ではなく、自分自身が後宮で華やぐ女君に成り上がれる千載一遇の機会を手にできるのだ。
 尚宮が浮き浮きとしているのは致し方ない面もあるのは理解していた。けれども、雪鈴にとっては追い打ちをかけられるも同然だ。
「随分と嬉しそうね。いっそ、あなたが私の代わりにご寝所に上がったら?」
 皮肉をこめて言うと、尚宮は真に受けたらしく、ポッと頬を赤らめた。
「まあ、そんな尚宮さま」
 嫌みも通じないのでは、意味がない。雪鈴は馬鹿らしくなり、もう何も言わず黙々と殿舎までの帰路を辿った。