韓流時代小説 秘苑の蝶~花は涙に震えるー済まない。彼の手が頬を撫でる。叩かれた頬より心が痛すぎて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

******

 継母が嫁してきた翌年、コンは元服し成人の儀を終えて父の屋敷を出て別に居を構えたのだ。
 皆まで言い終えない中に、継母が声を上げて泣き出した。
 一片の同情の余地もない。二人きりで外泊したのは事実だが、帰ろうに帰れない事情もあった。経緯を訊ねようともせず、雪鈴に聞くに耐えない言葉で貶め、その上、殴りつけた継母を彼が許すことはないだろう。二度と母と呼ぶつもりもない。
「そのような恥知らずのあばずれに籠絡され、血迷うとは情けなや」
 コンが両脇に垂らした拳を握りしめた。
「まだ言うか」
 指の関節が白く浮き上がっている。先刻の言葉通り、殴りつけたいのを我慢しているに違いない。
 傍らで見守っていた雪鈴がコンの震える手をそっと握りしめた。
「コンさま、お願いですから、落ち着いて下さい。お義母さまにそれ以上、申し上げてはなりません」
 二人のやり取りを聞きつけた継母がキッとなった。
「生意気にも、それで私に恩を売ったつもりか。お前の憐れみなど要らぬ」
 継母は、チマの裾を蹴立てるように足音を踏みならし室を出ていった。まったくもって王族の淑やかな奥方とは思えない仕草だった。
 急に静けさを取り戻した室内には、救いようのない沈黙が漂った。
 コンはすかさず雪鈴を抱きしめた。
「済まない。あの女が心ない言葉でそなたを傷つけた」
 雪鈴の眼から、はらはらと涙の雫が散った。
「私なら良いのです。お義母さまがお怒りなのも当然ですゆえ。昨夜の私のふるまいは、誰にも言い訳はできません。傍から見れば、節度を欠いた、たしなみのない娘だと言われるものでした」
 コンが哀しげに呟いた。
「俺がそなたに不名誉となることをさせてしまったんだな」
 雪鈴は小さくかぶりを振った。
「いいえ、それは違います」
 彼女はコンを真正面から見つめた。
「あの時、私は拒もうと思えば拒めたのですから。私は自分自身の意思で、選び取りました。ゆえに、コンさまに責任はないのです」
 コンが震える指先で雪鈴のいまだ紅い頬に触れた。継母に思い切り打たれた右頬は今や紅く熱を持ち、わずかに腫れている。
「あの暴力女、力任せにやったな。痛むか?」
 指先で優しく撫でられ、雪鈴は頬の痛みより心の痛みに泣きそうになった。
「いいえ。コンさま、たとえ血の繋がった母君でなかろうと、義母上をあの女呼ばわりなさってはなりませんよ」
 コンが泣き笑いの表情で言った。
「結婚したら、雪鈴は口煩い妻になりそうだな」
 雪鈴もまた無理に笑顔を作った。
「そうなるかもしれませんね」
 と、室の外ー廊下から声がかかった。乳母スチョンだ。
「坊ちゃま、殿下をこれ以上、お待たせはできません。至急、客間にお越し下さい」
 コンが我に返ったかのように応えた。
「判った、すぐ行く」
 コンが優しい眼で雪鈴を見、また右頬に触れた。
「また後で、これからのことをゆっくり話し合おう」
「はい」
 雪鈴も笑顔で彼を見上げると、彼は片手を上げ室を急ぎ足で出ていった。
 足音が聞こえなくなると、雪鈴はその場にくずおれた。コンの継母にはたかれた頬がじんじんと痛むけれど、それよりも心に受けた傷の方がもっと深かった。
 心ない言葉でこれでもかというほど罵倒され、〝あばずれ〟とまで蔑まれた。でも、コンに言った通り、継母の言葉があながち嘘だとはいえない。言われても仕方の無いことを、昨夜、雪鈴はしてしまった。
 それでも、言葉のつぶてを打ち付けられた心は血の涙を流していた。生まれてこのかた、これほどの悪意を向けられたことはなく、何故、我が身がそこまで憎まれねばならないのかと思えば、ただ悔しくて情けない。
 四日前の継母とコンの会話をぼんやりと思い出してみる。どうやら継母は自分の姪をコンの正室にしたいようであった。継母が雪鈴に向ける憎しみの中には、多分に雪鈴が姪の立場を奪おうとしているからではないのか。
 恐らく雪鈴の推測は十中八九、間違ってはいないだろう。あの継母には実子がいないそうだから、血の繋がった姪をコンの伴侶にすれば、不安定な立場を強くできる。
 更にいえば、コンの正室は世子嬪、未来の王妃でもある。継母にすれば、是が非でも近しい立場の者を推したいだろう。
 知らず、大きな溜息が腹底から出た。我が身は何一つ変わらないのに、コンの立場が大きく変わることで、雪鈴もまた大きな運命の渦に巻き込まれようとしている。
 彼についてゆくと決めたことに後悔はないけれど、自分がこれからどうなるのか? 不安は募るばかりだ。