第三話 韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】 前編
～イ・コンこと文陽君が世子に冊立される？～
地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴（ソリョン）。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ！
王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。
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むろん最初にコンが挿入ってきた瞬間だけは、激痛を憶えたのは確かである。でも、それはほんの一瞬にすぎなかった。かつて玄人の妓生をも骨抜きにしたという強者だけあり、コンの愛撫は執拗で的確だった。
雪鈴の身体のあらゆる部分を探索し、反応する部分を見つけると容赦なく攻め立ててくる。無垢な自分の身体はたった一夜で彼によって淫らに作り替えられてしまった。
延々と続く狂おしいほどの快楽から解放されたいと願ったのも事実だ。けれど、コンは終始、優しく抱いてくれた。どれだけ彼に翻弄されたとしても、根底に互いへの信頼と愛情、更には思いやりがあると判るから、安心して身を任せられた。
そこで、ハッとする。もしやコンが昨夜の我が身の醜態を見て呆れていたとしたらー。
当然だが、雪鈴は妓生ではない。素人娘、しかも初めて男を知ったばかりなのに、恥ずかしいほど乱れてしまった。コンは冷めた眼で見ていたかもしれず、はしたない女は嫌いだと愛想を尽かしてしまったかもしれない。
考えれば考えるほど、呆れられてしまったのではないかという想いが強くなった。だからこそ、今、彼は怖い表情で天井を睨んでいるのではないか。
熱い塊が押し上げ、涙になりかけたそのときだ。コンが視線は上向けたまま言うともなく呟いた。
「身体の方は大丈夫か？」
雪鈴は眼をまたたかせる。ともすれば、涙がこぼれそうだ。
「ーはい」
自分でも情けないほど弱々しい声になった。
「初めてのそなたに随分と無理を強いてしまった自覚はある」
雪鈴は少し迷い、思い切って、ひと息に言った。
「私なら大丈夫です。ですが、コンさまは後悔されていませんか」
コンが身体の向きを変え、雪鈴を見つめた。
「後悔だって？」
雪鈴は身を縮めた。恥ずかしくて彼とまともに顔を合わせられない。
「私、昨日は夢中であまりよく憶えてはいないんですけど、何かとても恥ずかしいところばかりをお見せしてしまったのではないかと不安です」
コンはしばらく呆気に取られていたかと思うと、プッと吹き出した。
雪鈴は少しムッとした。自分はこんなに真剣に悩んでいるのに、何も笑うことはないだろう。
「何故、お笑いになるのですか？」
声が少し尖ったのが伝わったらしい。コンが笑いを引っ込め、生真面目に言った。
「雪鈴が馬鹿げたことを真剣に悩んでいるからだ」
雪鈴は涙目で恨めしげにコンを見た。
「馬鹿げたことですって？」
コンが頷く。
「昨夜の雪鈴はとても綺麗だった。俺が今まで見た中で一番だな。ああ、雪鈴はこんな表情もするんだなとまた惚れ直したよ」
雪鈴は耳まで真っ赤になった。
「ほ、惚れ直したー」
コンがにんまりと笑う。
「昨夜は俺の腕の中で、これまで見たこともない色々な表情を見せてくれただろ」
雪鈴はもう熟れた林檎のように紅くなった。あまりに露骨な物言いではないか！
「コンさま、今の科白はいくら何でも恥ずかしすぎます」
そんなことを真顔で言われると、嫌でも昨夜の自分の痴態を思い出さずにはいられない。
コンが破顔した。
「昨夜の雪鈴は随分と色っぽかった。普段とは違って、十分成熟した大人の女だと思ったんだが、一夜明ければ、またお子さまに逆戻りか」
雪鈴が叫ぶように言った。
「もう！ 知りません」
ふとコンが呟くように言った。
「それに、俺は嬉しかったよ」
雪鈴の物問いたげな視線に、コンがまた仰向けになり、瞳を伏せた。翳を落とす長い睫(まつげ)がとても美しい。雪鈴は、彼の横顔に見入った。
「そうだな、言葉にするのは難しいが」
言葉を句切り、彼は眼を瞑り続ける。
「俺はてっきりー」
言いかけ、眼を開き雪鈴を見た。
「俺がそなたの初めての男だと判って、嬉しかった」
雪鈴は眼を見開き、彼を見つめた。
コンが慌てたように言う。
「誤解してくれるな。俺は別にそなたが初めてであろうとなかろうと、拘るつもりはなかった。さりながら、新婚生活五日めに良人を失ったなら、当然、経験があるものだとばかり勝手に思い込んでいた」
雪鈴が小さな声で応えた。
「祝言も挙げて、数日間、一緒に過ごしたなら、本来であれば、それが普通であったかもしれません」
コンが吐息混じりに言った。
「人の縁(えにし)とは実に摩訶不思議なものだ。この世には星の数ほどの人間がひしめいているのに、一生涯で出逢える者の数はたかが知れている。雪鈴がこれまで出逢った者たちもすべて深い縁で繋がっていたのだろう」
雪鈴はそっと頷いた。
「そう、ですね」
たった五日間だけの縁、夫婦だったとしても、亡くなった良人ハソンもまた確かに何らかの縁で繋がっていたのだ、けして無意味な出逢いではなかったのだと今はせめて考えたい。
コンは笑いながら雪鈴を引き寄せた。
「何をそんなに不安がっている？」