韓流時代小説 秘苑の蝶ー龍は花を抱く〜秘密の逢瀬デートー二人だけの静かな時間が流れていって | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

******

 雪鈴が大きく頷いた。今度はコンの方から雪鈴を強く抱きしめる。
「その応えは、世子になっても、俺についてきてくれると考えて良いんだな」
「私はコンさまをお慕いしています。コンさまが去れとおっしゃっても、去りません」
 コンの広い胸板に顔を埋(うず)めた体勢のため、誓いの言葉はくぐもって聞こえた。
 コンもまた、かそけき声で言った。
「その言葉を忘れないでくれ。後悔しても遅いぞ、俺が雪鈴を放すはずはないんだからな」
 更に、彼はしみじみと続けた。
「殿下から世子になれと命じられた時、嫌々ながら承知した。どの道、俺の立場では王命には逆らえない。さりながら、ずっと、このままで良いのかと悩んでいたんだ。こんな自分が世子になっても良いのか、重大な責務が果たせるのかと自問自答の日々だった」
 小さく息を吐き、コンは断じた。
「だが、雪鈴のお陰で眼が覚めた。俺は世子になる。かねてから、民のための国を作るのが俺の夢だった。両班も奴婢もない、皆が笑って暮らせる国にしたいと願ってきた。誰に話しても、現実的ではない夢のような理想だと嘲笑われたし、この国から身分制度をなくすだなんて、至高の存在とされる国王に連なる王族の考えることじゃないと敵視されるのがオチだ。そんな俺の夢を以前、そなたは素敵だと理解を示してくれたな。雪鈴、俺は俺の夢見た国を作る努力をしてみるよ」
 どこまで実現できるのか判らない。現状、朝鮮を支えているのは、厳然たる身分制である。それを廃止、或いは身分制度は維持しても、格差を無くすというのは相当に困難だろう。まず王族や両班といった特権階級が猛反発するはずだ。何故なら、彼らは下層階級が存在することで、彼らから搾取し利を得ているからだ。
 それでも。たとえどれだけ困難でも、やり甲斐のある仕事だ。何より、雪鈴が側にいてくれれば、どんな茨の道でも自分は歩いてゆけそうな気がする。この朝鮮の未来を背負う覚悟がコンの中で迷いなく定まった瞬間だった。
 雪鈴が微笑み頷いた。
「コンさまは、理想に向かって、ご自分の道を邁進されて下さい。そんなあなたを見守るのが私の願いです」
 コンが雪鈴の顎に指を掛け、そっと仰のかせる。啄むような口づけはすぐに深くなった。

 雪鈴さえいてくれれば、俺は何だってできるー。その時、コンは幸せの絶頂にいた。
 そして、それは雪鈴も同じだった。愛する男の腕の中で夢見心地になりながら、これから先もずっと彼の側にいられる幸せを噛みしめていた。
 片田舎で生まれ育った雪鈴にとって、世子の妻として王宮で暮らすというのが何を意味するのか。責任ある立場だという程度しか判らない。けれど、コンが雪鈴さえいてくれれば良いというように、雪鈴もまたコンが側にいれば試練は乗り越えられると信じて疑わなかった。
 同じ景色を見て、同じ未来を夢見ているーと、この時、確かにコンも雪鈴も確信していたのだ。
 
 白い波(なみ)頭(がしら)は、たゆみなく打ち寄せては引き、また打ち寄せる。途切れることのない波はまた人の一生にも似ていると、雪鈴は生まれて初めて海を見て思った。
 人は生まれ生きて、いずれは終わりを迎える。それでも、終える生もあれば、また新たに生まれくる生命もある。この地上がある限り、生の営みが絶えることはない。
 打ち寄せる波を眺め物想いに耽る雪鈴の耳を、コンの声が打った。
「どうだ?」
 あたかも親に褒めて貰うのを待つかのような期待のこもった声音だ。雪鈴は微笑み、コンを見上げた。
「とても素敵です。わくわくします」
 コンが嬉しげに瞳を煌めかせた。
「わくわくするのか?」
 雪鈴の言葉を真似てから、楽しげに声を上げて笑う。
 今日、コンはまだ一度も海を見たことがないという雪鈴を郊外の海に連れてきてくれた。コンが世子になるという予期せぬ事実を知らされてから三日が経過している。
 二人が話している間も、波は唸りを上げて押し寄せる。会話が途切れると、ただ波の音だけがしじまに際立って響いた。初めての海を見ながら話すのも良いけれど、ただ黙って潮騒に耳を傾けるのも悪くはない。
 いや、コンが側にいてくれれば、海辺であろうと場所を問わず、雪鈴はいつだって心弾む。願わくば、彼もまた同じ気持ちでいてくれると良いと思うのは雪鈴の我が儘だろうか。
 雪鈴は浜辺にしゃがみ込み、白い砂を指でとりとめもなくなぞった。次いで、〝孫雪鈴〟と書いてみる。砂を踏みしめる音がして、コンが近づいてくる。
「何をしている?」
 雪鈴は面を上げた。
「昔の名前を書いてみました」
 ハッと、彼が胸をつかれた表情になった。
「ー雪鈴」
 雪鈴は彼にとんでもない誤解を与えたことを知った。慌てて早口で付け足す。
「違います、コンさまがお考えになっているような理由はありません」
 コンは、雪鈴がいまだ本来の名を捨てて別人として生きねばならなくなったことに拘っているのだと思い違いをしてしまったらしい。
 コンが気遣わしげに問う。
「そうなのか?」
 雪鈴はきっぱりと頷いた。
「はい。つまらない感傷は、もうとっくに捨てましたもの」