韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は歓喜するーあなたが王族だから好きになったのではなく人柄に惚れたのです | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

******

 コンの麗しい顔に悪戯っ子めいた微笑が浮かんでいる。
「もう抱きしめても良いか?」
 雪鈴がそっと頷くと、コンは嬉しげに雪鈴をまた引き寄せ、雪鈴は逞しい腕にすっぽりと包まれた。
 彼はしばらく雪鈴の黒檀の髪に唇を押し当てていたかと思うと、熱い吐息混じりの声が耳朶をくすぐる。
「大丈夫だ、俺にはそなただけしかいない」
 ひとしきり、静かな時間が流れた。コンは名残惜しげに抱擁を解き、雪鈴をまた真剣なまなざしで見つめた。
「もう一つ、是が非でも話さなければならないことがある」
 今度は雪鈴も冷静さを取り戻していた。しかと彼を見つめ返す。
「世子さまになられるのですね」
 コンが頭を下げた。
「済まない」
 雪鈴が狼狽えた。
「いけません。世子邸下が無闇に頭を下げられては」
 コンが淋しげに笑う。
「俺はまだ世子ではない。あくまでも、内定者というだけだ」
 雪鈴が笑った。
「同じことですよ」
 コンが儚い笑みを刻んだまま続ける。
「打ち明けるのが遅くなって、本当に申し訳ないと思っている。いや、本来であれば、そなたに真っ先に伝えるべき話だった」
 彼がやりきれないといいたげに、また両手で髪をかき回した。
「実のところ、世子になれと殿下に言われたのは、四年ぶりに参内したその日だった」
 雪鈴はまた軽い衝撃を受けていた。四年ぶりの参内といえば、もう七日前にもなる。ーというより、そもそも国王がコンを都へ呼び戻したのは、彼を世継ぎに立てたいという明確な意図があったからだった。
 今更な話ではあるけれど、セサリ町のあの静かな屋敷に王命を携えた使者が来たときから、もうコンの運命は逆巻く河のように大きく音を立てて予期せぬ方へと流れ始めていたのだ。
 そして、コンの運命の激変は、本来であれば影響を及ぼすはずのない雪鈴の運命まで変えようとしている。
 都に戻ってすぐに世子冊封の話を聞いたなら、何故、そのときに話してくれなかったのか。彼を問い詰めても意味はないことは、彼の懊悩を見ていれば判った。
「何度も言おう、話そうと思った。だが、そなたの顔を見ると、口の中に石を頬張ったかのように一切動かなくなる。今度、また今度とずるずる先延ばしにしている中に、時間だけが過ぎていった。結局、この体たらくだ。俺はつくづく意気地なしだよ」
 雪鈴はうつむけていた顔を上げた。
「話せなかった理由をお伺いしてもよろしいですか?」
 コンの両の眉が下がった。
「怖かったからだ」
 雪鈴が大きな瞳を丸くした。
「怖かった?」
 コンが遠い眼になり頷く。雪鈴はまたしてもコンが急に遠い人になった気がした。
 彼の心が見えないー。
「ー何故、怖かったのですか」
 彼は遙かなまざしのまま、呟くように応えた。
「雪鈴に嫌われたらと思うと、到底口に出せなかったんだ」
 雪鈴は茫然と彼の言葉をなぞった。
「私がコンさまを嫌うー?」
 次の瞬間、きっぱりと宣言するかのように言った。
「そんなことなんて、あり得ません」
 コンの眼に俄に光が灯った。
「そうなのか?」
 雪鈴が微笑んだ。
「当たり前ですよ。私はコンさまが王族だから、お慕いしたのではありません。コンさまという殿方を好きになったんですもの。たとえ、世子さまになられようと、コンさまはコンさまです」
 コンが嬉しげに幾度も頷いた。
「大概の女なら、恋人が世子になると聞けば歓ぶ。別れを切り出そうとしていたとしても、もしかしたら、引っ込めるかもしれない。今まで俺にすり寄ってきた女たちは大方は俺自身ではなく、俺の地位に魅力を感じていたからな。でも、そなただけは違った。あるがままの俺を見て、受け容れてくれた初めての女だった」
 コンはそこで気弱な笑みを浮かべた。
「だからこそ、俺は自信がなかったんだよ、雪鈴。雪鈴は世の大半の女たちのように、俺の地位に眼が眩んだわけではない、ゆえに世子嬪になりたいと願うはずもない。かえって、王宮暮らしは窮屈だ、面倒だと嫌われるかもしれないと、そんなことばかり考えていた」
 雪鈴の美しい花のかんばせに優しい笑みがひろがる。この瞬間、コンは彼女の微笑をどこかで見たことがあると思ったのだけれど、これが二度目だと気付いた。後に思い出したのは、彼が幼い時分、父に連れられて参詣した郊外の寺の本尊だった。
 金色(こんじき)の観世音菩薩は、やや下向きの半眼だ。それはあたかも地上の生きとし生けるすべての衆生を慈しみで包み込むかのようなまなざしだった。絵心のある彼はその後、何度も、あの慈悲の眼差しを持つ仏を描こうと試みたが、いまだに果たせていない。
 刹那、彼は我が身に起こったことが信じられなかった。小柄な雪鈴が伸び上がり、細い腕を精一杯伸ばし彼を自分から抱きしめたのだ。
 愕きに声もない彼に、雪鈴の吐息のような声が聞こえた。
「今までコンさまを慕った方々のすべてがコンさまの地位目当てであったとは私には思えません。きっとコンさまの内面の輝きを見て、お慕いした方も多かったと思いますよ?」