韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は憂いに沈むー惚れた女がいるなら、その女を嫁にしろよ。問題があるのか? | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

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 彼は、そんな妓生たちにあっさりと背を向け、けして一人の女に深入りはしなかった。
ー文陽君は抱いてくれるときは優しいけれど、一夜明ければ、残酷なくらい冷たい男。
 妓生たちの中では、そんな風に言われていたらしい。そんな彼だから、ましてや素人の娘にはたとえ女中であろうと手を出したことはない。
 何より、一人の女に縛られたくないと思ったからだ。だが、雪鈴は彼の考えを根底から変えた。誰かを愛しく思うのは、こんな気持ちだと教えられたのだ。
 雪鈴にであれば、むしろ一生縛り付けられたいくらいだ。以前の彼が聞けば笑い出しそうなことを大真面目に考えている。
 もう二度と女の身体を鬱憤のはけ口にはしない。性愛は相手を想う気持ちがなければ、ただの陵辱に等しいーと、これもまた昔、聞けば、
ーお前は阿呆か。女の身体は男を歓ばせるためにあるんだろう。
 と笑い飛ばしそうなことを考えるようになった。
 コンは小さく咳払いした。
「とにかく、だ。俺はもう夜遊びも綺麗さっぱり止めた。思い切って、すべてを捨てて田舎に行って良かったよ」
 実のところ、セサリ町に居を移してからというもの、夜遊びも女もふつりと止めた。雪鈴と出逢う前から、彼はかつての悪事から遠ざかっていたのが真相だ。
 ソンギは短い会話から、コンの心境の変化を鋭く察したようである。
「そうか。なら、お前にとって都落ちしたのは良かったんだな」
 彼は、にんまりと笑った。
「俺も二年前に嫁を貰ったぞ」
 コンは声を上げた。
「それはめでたい」
 ソンギは嬉しげに声を弾ませた。
「今年早々には息子が生まれた」
 コンは彼の肩を大きく叩いた。
「ますますめでたいじゃないか。おめでとう」
 ソンギがニヤつきながら言った。
「子は可愛いぞ。お前も世子邸下になるんなら、早く嫁を貰え。未来の国王殿下は責任重大だぞ。跡継ぎを絶やさないようにしなきゃな」
 コンがふと口を噤んだ。ソンギは昔から陽気で人懐こい見た目からは想像できないほど勘の鋭い男だ。
「どうした、浮かない顔だな。世子邸下になるんなら、美女も選び放題だろうに。妻には到底言えやしないが、羨ましい限りだよ」
 コンは小さく首を振った。
「いや、実は惚れた女がいる」
 ソンギはまともに愕いたようだ。
「何だと、あの文陽君が女に惚れた? お前が女に本気になるなんてことがあるのか。紅い雪が降るぞ」
 コンは拳でぶつ真似をした。
「つくづく失礼なヤツだ」
 ソンギが頭を掻いた。
「済まない。だが、惚れた女がいるなら、その女を嫁にすれば良いだけだろ。何か問題があるのか? 例えば、相手が奴婢だとか訳ありの相手なのか」
 コンは笑った。
「お前は昔から見かけによらず、浪漫的だったな」
 今度はソンギがむくれる番だ。
「お前こそ、失礼だな。俺は昔も今も見かけ通りの純粋な夢想家(ロマンティスト)さ。妻とは見合いだったが、それでも、ちゃんと求婚するときは花束を持って訪ねていって跪いたんだぞ」
 当然のように言うのに、コンはプッと吹き出した。
「花束を持って跪いたのか、お前らしい」
「何がおかしい。妻は感激して涙ぐむほど歓んだんだ」
 ソンギは肩をすくめた。
「まあ、俺の話は良い。身分の違いでもなければ、何が問題なんだ?」
 コンは昔のように小さく肩をすくめて見せた。
「実はまだ世子に冊封されることを彼女に話していない」
 ソンギが呆れた表情になった。
「どうしてだ? 生涯を共にしようと思う相手なのだろう?」
 コンは即座に頷く。
「ああ、むろんだ」
 ソンギはらしくもなく、考え込む風情だ。
「そんな大切なことを何故、伝えない? ーというより、むしろ伝えてやれば、女は歓ぶのではないか」
 コンは溜息で応えた。
「いや、その手の俗な女ではないんだ」
 ソンギがまた、いつもの調子を取り戻す。
「うん? 山寺に籠もって修行に明け暮れる尼僧なのか」
 コンが怖い顔で睨む。
「お前な」
 ソンギが慌てた。
「冗談だよ、冗談」
 コンはむくれた。
「人が真剣に悩んでるんだぞ」
 ソンギが真面目な顔で言った。
「要するに、世でいうところの玉の輿だとかには興味がないんだな、その女は」
 コンは大きく頷いた。
「そうだ」
 だから、と、彼は物憂げに続ける。
「話したは良いが、彼女に拒絶されたらと思うと怖くて話せない」
 プッと、ソンギが吹き出した。
 コンがまた睨みつける。
「何がおかしい」
 ソンギは声を上げて笑っている。丁度、二人の傍らを通りかかった年嵩の官吏二人がギョッとしたように見つめながら、通り過ぎていった。二人ともに蒼い官服を着ているところを見れば、中級官吏なのだろう。
 ソンギは憎らしいことに涙目になって笑っている。彼はおかしてくならないといった様子で言った。
「これが笑わずにはいられるか、あの女タラシの文陽君がたかだか一人の女にこうまで振り回されているとは」
 コンはぶっきらぼうとも思える口調ですげなく言った。
「だから、本気で惚れたと言っている」
 ソンギはまだおかしそうに頷いた。
「なるほどね」
 次の瞬間、ソンギの顔から笑いが消えた。
 彼には珍しいほどの真剣さで言う。
「そこまで惚れているなら、相手を信じろ。第一、いつまでも隠し通せる話じゃない。現に世子冊封の儀は日程も大体決まっているんだろ?」