韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は憂えるー女好きの国王が美しい雪鈴に興味を持った。俺は嫌な予感しかなく | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

**********************

 この日の中には、後宮はおろか王宮中に一部始終が広まるのは間違いなかった。宮殿というのは、そういう場所だ。特に後宮に仕える女たちは皆、自由な外出もままならず、表向きは国王の所有に帰することになっているから、生涯、不犯の誓いを立てねばならない。
 女官が〝王の女〟と呼ばれる所以である。そんな彼女たちにとって、噂話ほど格好の楽しみはない。
ー国王殿下が遊び人の文陽君を玉座を蹴立てて飛び降りて出迎え、挙げ句に抱擁した!
 珍事ゆえに、尚宮から上級女官へ、更には下級女官からお婢女(ムスリ)まで噂は轟くように広まるのは必定だ。
 コン自身、国王が何故、こうも自分を歓迎するのか知れず、本心が判らないだけに余計に居心地の悪さは否めない。
 確かに、以前から国王はコンに親しく話しかけてくることは多かった。だが、それはあくまでも、お気に入りの腰巾着の父の息子という立場ゆえだと思っていた。
 コンの父は当然、王族だが、現国王とは殆ど他人同然で、血縁関係は無いに等しい。それでも曲がりなりに王室の一員に連なっている。父は今年、五十歳になった。痩せて見るからの威厳のなさを精一杯、着飾ることで補おうとしているが、かえって逆効果だと本人が気づいていないのが余計に滑稽だ。
 そんな父は自他共に〝王のお気に入り〟だと認めている。と言えば聞こえは良いけれど。要するに、気紛れで呼ばれれば餌を与えられた犬のように歓んで駆けつけ、興が冷めれば

ー下がって良い。
 と体よく追い払われる役どころである。コンは物心ついた歳から、自分の父の哀れな姿を見て育ってきた。父には矜持というものがないのかと腹立たしく感じたことも少なくはない。
 風邪を引き込んで寝込んでいたとしても、
ー国王殿下がお呼び。
 と聞けば、すっ飛んで駆けつける。国王もまた国王で、自分よりひと回りも歳上の王族を気分次第で自由にできる玩具のように翻弄する。呼ばれて飛んでゆく父も父なら、歳上の王族に対しての敬意すら払えない王もまた愚か極まる。どちらもコンにとっては軽蔑しかなかった。
 国王は父だけでなく、コンにもしょっちゅう呼び出しをかけていたものの、コンは何かと理由をつけては言うことを聞いた試しはついぞない。その中に馬鹿らしくなったのか、コンにお声がかかることはなく、父は相変わらず気紛れに呼び出されては、すっ飛んで駆けつけ、体よく追い払われるの繰り返しだった。
 それでも、毎度、〝王命〟を撥ね付けることもできず、それこそ気が向けば参内することもないではなかった。そんな時、国王は確かにコンに好意的ではあったのだ。ずっとむっつりと愛想の無いコンに対し、このときばかりは父が聞き分けの無い息子に対するよう鷹揚に接した。
 コンがむっつりとしていても、気を悪くした様子を見せたことは一度たりともない。
「そなたの顔を見なかったこの四年という年月は、朕(わたし)にとって随分と長かったぞ」
 のっけから芝居がかった科白を平然と口にする。コンは早くも辟易として、抱きついてくる王の身体をやんわりと押し返した。
「私のごとき者に勿体なきお言葉、恐悦至極に存じます」
 再び玉座に収まった国王の御前まで進み出、コンは深々と頭を下げて挨拶した。
「文陽君、ただ今、戻りました」
 これより後は国王の居室に場を移し、女官たちが数人がかりで次々に小卓を運び入れてきた。どの小卓にも山海の珍味が惜しげもなく載っている。その日暮らしの民は一生涯眼にすることもないであろうご馳走ばかりだ。
 そして、これだけのご馳走をもちろん、国王が一人で平らげるわけではない。箸の向くままに啄み、殆ど手つかずの御膳は下げられた後、女官たちにお下がりとして下される。
 何とも経費の無駄遣いではないか。例えば、もっと簡素な献立にして余った財源を民の救済に使えば良いのにとコンであれば考える。
 王の前に並べられた小卓と同じものがコンの前に置かれている。王はここでも立ち上がり、自ら親しくコンの盃を満たしてくれた。王が盃を口にすると、コンもまた盃を手にした。王から顔を背けて、盃を煽る。目上の人には酒を飲むところを見せないのが礼儀とされる。
 王が破顔した。
「相変わらず見事な飲みっぷりだ」
 コンは低い声で返した。
「お目汚しで、失礼致しました」
 王は笑いながら首を振った。
「いやいや、その受け答えぶりも実に懐かしい。王宮には、そなたのように思うがままに朕に切り返す者はついぞおらぬでな。逆にその物怖じせぬところが小気味良いのだ」
 褒められているのか、無礼だとけなされているのか判らない。コンは慎重に言葉を選んだ。
「畏れ入りましてございます」
 王が声を立てて笑った。
「天下の遊び人の文陽君も四年の田舎暮らしで随分と人が様変わりしたようだ。噂では寺の聖(ひじり)のような清廉潔白な暮らしぶりであったとか」
 流石に、このひと言には冷や汗が脇に滲んだ。
「滅相もございません」
 ふいに、王の声に揶揄する響きが混じった。
「だが、興味深い話を聞いたぞ」
 この辺り、この王の食えないところだ。政治に関しては議政府の三政丞(チヨンスン)に任せきりで、日々、後宮に入り浸っては女色に耽っている無能な王ーこれが現王に対する大方の見方だ。とはいえ、王が愚鈍というわけではない。
 むしろ頭は切れる方だとコンは思っている。残念なことに、生来の聡明さを王として開花させることができなかったのは、女好きが過ぎたのか。もう一つ忘れてならない理由としては、亡き王妃の父である領議政に政治の実権を握られ、義父の操り人形と化してしまったことだ。この王、政治にはまるで関心を示さないが、芸術には特に秀でており、楽においても絵画においても当代一流の芸術家に匹敵する技術を持っている。
 恐らく政治に関心をもてなかったのは、後者が原因だろう。図画署か掌楽院(チャンアグォン)辺りの家系に生まれれば、存分に天与の才能を発揮できたであろうに。
 そして、王がコンに必要以上の親近感を示すのも、実はそこにあった。
 何度か酒を酌み交わした後、王がまた思わせぶりな口調になった。
「ーと、まるで女っ気なしの日々を過ごしているばかりかと思うたが、ここ一年ほどはまた違うようであるな」
 コンは当惑し、王を一瞥した。王が口の端を引き上げる。人を試しているようで嫌な笑い方だと、幼い頃から思っていた。
「極上の美女を側に置いておるそうな」