韓流時代小説 秘苑の蝶~哀しみが止まらない夜ー新たな花嫁が龍神に捧げられるー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第二話  韓流時代小説 龍神の花嫁~風舞う桜~【秘苑の蝶】

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー。

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 雪鈴はもう子どもではない。何か意図的に帰りが遅いとも考えられる。或いは村で〝龍神の花嫁〟に拘わる新たな手がかりを掴んだ可能性もある。
 とりあえず、コンは夕方まで雪鈴を待つことにした。しかし、長い春の陽が落ち、薄い宵闇が忍び寄る刻限になっても、雪鈴は帰らなかった。
 これはただ事ではない。コンはついに意を決して宿を出て向かったのは、ハクビ村であった。丁度、野良仕事帰りらしい若者に出逢い訊ねると、老婆の棲まいはすぐに知れた。
 村の一角にある藁葺き屋根は、他の民家とまったく同じである。屋内には灯りが点っている。コンはホッとしながら、表で呼びかけた。
 ほどなく内側から扉が開き、朝、見かけた老婆が顔を覗かせた。
「夜分に申し訳ない。ちょっと妹のことで訊ねたいんだが」
 老婆はコンがわざわざ訪ねてきたので、ひどく愕いているようだ。
「一体、どうなすったんですか」
 こんな時、下手に隠しても意味はない。かえって彼女から正確な情報を得られないだけだ。
「妹が帰らない」
 老婆の顔にありありと困惑が表れた。
「帰らないって、朝からですか」
 コンは頷いた。老婆の顔から血の気が引いた。
「じゃあ、あたしがお訪ねしたときも、お嬢さんはどこかに出掛けていらしたわけではなかったんですね」
 コンは素直に認めた。
「そういうことだ。実はあのときも俺は妹を探しにゆくところだった」
 老婆が申し訳なさそうに言った。
「あたしがお邪魔しちまったんですね」
 コンは慌てた。
「いや、そうではない。そなたが妹に話したことを俺も聞くことができた。貴重な情報を得られたと感謝しているくらいだ。気にしないでくれ」
 コンは真摯な面持ちで訊ねた。
「そこでだ、そなたと一緒にいた時、妹が何か話していなかったか、思い出して欲しい」
 老婆は眼を瞑り、しきりに思い出そうとしているようだ。コンは言い添えた。
「どんな小さなことでも良い。例えば、これから、どこかに行くかとか話さなかっただろうか」
 もどかしいほどの時間が経ったように思えたけれど、せいぜい瞬きをするほどのことだったはずだ。

  老婆がカッと眼を見開いた。
「もしかしたら、お嬢さんは生け贄にされちまうかもしれません」
 コンが唖然とした。
「何だって?」
 老婆が懸命に訴える。
「うちの孫も十五年前にいきなり姿を消しちまいました。あのときも元気で朝、隣町まで行くと家を出ていったきりで。旦那さま、誰も好んで可愛い身内を生け贄にしたがる村人はいません。河は今にも干上がりそうで、皆、内心ビクビクしながら暮らしてる有り様だし、現に村長や村役たちは内密に龍神の花嫁を決めて河の神に捧げようって話になっているそうです」
 そんな中、ソンドクの次女が人柱に立つことが決まった。しかし、肝心の〝花嫁〟は危機を察知し、逃亡した。村長たちは当然、焦っただろう。また新たに生け贄を選ばねばならない。その渦中に、他所者が村にやってきた。高貴な両班の美しい娘だ。
 ある日、急に現れた雪鈴は村長たちにとっては格好の餌食に見えたに違いない。〝龍神の花嫁〟は何も村の娘でなければならないことはないのだ。仮に村の娘ではなく、部外者を犠牲にできるならば越したことはない。村長がコンと共に訪ねた雪鈴に眼を付けていたとしても不思議はなかった。
 老婆の想像は満更、あり得ないものではない。コンは老婆に礼を言って、すぐに町へととって返した。
 迂闊であったと後悔しても遅い。雪鈴が最初にハクビ村へソンニョと行くと宣言した時、コンは思ったものだ。
 若く美しい雪鈴が村にゆけば、格好の生け贄にされてしまうもしれないと。あのときは彼も本気でその可能性を考えたわけではなく、単なる思いつきで口にしたにすぎなかった。だが、考えてみれば、思いつきではなく、現実に起こりうる話だと、どうして踏み込んで考えなかったのか。
 我ながら用心が足りなさすぎた。雪鈴を一人にするべきではなかったのだ。
 もう宵と呼べる時間ではなかったが、このまま朝まで待つ気はさらさらなかった。役場を訪ねると、幸いにも県監はまだ帰宅しておらず、そのまま執務室に通される。
 前回は来客用と思しき応接室であったのを思い出しながら、下級役人らしい男に案内され廊下を歩く。県監は大きな机に向かい、山のような書状に眼を通している最中であった。
 コンは丁重に挨拶した。
「こんな時間に済まない。多忙のようですね」
 コンの父親ほどの男は書類の束から顔を上げ、笑った。
「うちは家内が田舎嫌いなもので、単身赴任なんですよ。役場の隣に官舎がありますが、誰も待つ者がいない屋敷にいちいち帰る気にもなれずに、こうして溜まった仕事を片付けがてら、ここで時間を潰すことが多い」
 初対面ではないせいか、以前に対面したときよりは打ち解けた雰囲気である。予想以上に親しみのこもった様子に勇気を得て、コンは正直に打ち明けた。
「時間がないので、単刀直入にお話しする。連れの娘がいなくなった」
 県監に立ち上がる暇も与えず、コンは口早に告げた。話を聞いた県監が難しい表情になる。
「連れとは、遠縁だとかいう令嬢のことですか」
 役場に来る時、雪鈴もずっと一緒だったから、彼も雪鈴の顔は憶えているはずだ。
 コンは即座に頷いた。
「そうだ。あの娘が急に姿を消した」
 コンは雪鈴が早朝、ハクビ村まで散歩に出掛けるといって滞在先の宿を出たきり、消息を絶ったことを説明した。更に、雪鈴が姿を消す前、村で腰を痛めた老婆を助けたことも話し、先ほど村まで件(くだん)の老婆を訪ねてきたことまでを要領よく話した。
 コンは県監を真正面から見つめた。
「その老婦人は、妹が村の連中ー厳密にいうと村長に攫われたのではないかと話している。十五年前、その者の孫娘がやはり突然、ゆくえ不明になり、ふた月後に洞窟で骸となって発見されたと教えてくれた」
 県監の顔から、はっきりと血の気が引いた。
「あなた方が拘わったのは、あのー事件の際、亡くなった娘の祖母ですか」