韓流時代小説 秘苑の蝶〜月が輝き風が花びらを散らすー少女が龍神に捧げられし哀しみの夜は更けゆく | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第二話  韓流時代小説 龍神の花嫁~風舞う桜~【秘苑の蝶】

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー。

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 老婆が面白くもなさそうに言った。
「ああ、村で一番の器量良しだといわれていた十七歳の娘が選ばれたそうだ。娘は年明けには結婚まで決まっていた。隣町に嫁ぐ日を指折り数えて待っていたというよ。娘の両親と兄は何とかして娘を逃そうとしたけど、村の男たちに見つかり、娘は無理矢理連れ去られ、取り返そうとした兄は寄ってたかって袋叩きに遭い、亡くなったと聞いた」
 あまりの陰惨な話に、雪鈴は眼を瞑った。老婆の嗄れた声が耳を打つ。
「憐れな娘一人を人身御供にしたとは到底言えやしない。村人たちは大蛇が暴れ回って困るので、祈祷をして鎮めたと妄想のような話をでっち上げた。役所の記録にその通りが残っているなら、当時の役人も真相を知りながら、厄介事に眼を瞑ったんだろうねえ」
 雪鈴は思いきって訊ねてみた。
「お孫さんも龍神の花嫁とされてしまったのよね? でも、私たちが調べた村史には、その件については何も書かれていなかったのは何故かしら」
 老婆が悔しげに口許を歪める。
「七十年前ならともかく、今の時代に大蛇が暴れるなんぞ誰も信じんだろうて。村長どもは孫の死そのものを闇から闇へと葬ったのさ」
 つまりは、若い娘を人柱に立てるという行為そのものを痕跡すら残さず、〝最初から無かったこと〟にしたというわけだ。
「それに、孫の死に様は到底、尋常ではなかった。村史に残せるようなものじゃない」
 判るようで、判らない言い方だ。雪鈴は当惑した。
 老婆がまた涙声で話し出した。
 十五年前もやはり、今と似たような状況であった。長らく雨が降らず、龍江の水位は日ごとに眼に見えて低くなってゆき、村中に不穏な空気が濃くなっていった。
 そんなある日、老婆の孫娘が突如として姿を消した。老婆は心配して心当たりを探し回ったが、いっかな見つからない。あたかも霞みのように十一歳の少女は消えてしまったのである。
 数日経ち、半月経っても、孫は見つからず、帰ってこなかった。わずか十一歳の子どもがたった一人で遠くへゆくはずもない。村人は寄ると触ると、孫は神隠しにでも遭ったのだと囁いた。
 ひと月が経過する頃には、気が狂ったように探し回るにも疲れ果て、老婆は放心したように家に閉じこもり、日がな帰らぬ孫を待ち続けた。更にひと月を経た日、隣家の男が血相を変えてすっ飛んできた。
ーソンシルさん、あんたのところの孫が龍穴で見つかったよ。
 老婆は男と一緒に龍穴に駆けつけた。現場には主立った村人たちが集まっており、老婆を認めると自然に人垣が割れた。息せき切って到着した彼女が見たのは、何とも酷たらしい光景だった。
 龍穴というのは、龍江の源泉だと謂われている。いわゆる水源地だ。この神秘の洞窟の地下深くからわき出る水が龍江の源であり、大昔から村に深い恵みをもたらしていると信じられていた。
 龍穴には龍神さまが棲まわれているーという伝説は、ハクビ村に生まれ育って知らぬ者はない。
 ふた月前にゆく方知れずになった孫娘は、あろうことか龍穴に立てた木杭に括り付けられていた。手足を頑丈な縄で幾重にも括り付けられ、拘束されていたため、逃げ出すこともできなかったのだ。
 当然ながら、娘は既に息絶えていた。
ーお、お。
 老婆は声にもならぬ声を上げ、変わり果てた孫に取り縋り泣き喚いた。
 何故、うちのセシルがこんな酷いことにならねばならんのだ。口惜しさと哀しさと絶望で気が狂いそうだった。
 雪鈴はかけるべき言葉もない。老婆は当時を思い出したのか、深い息を吐き出した。
「孫を攫って龍穴に置き去りにしたのが誰かは、いまだに判っておらん。大方、あたしと同じように村の年寄りから七十年前の大蛇鎮めの話を聞いた者の仕業だろう」
「河が干上がりそうだから、生け贄を捧げようとした?」
 老婆は頷いた。
「そんなところだろうねえ」
 雪鈴は気になることを口にした。
「村長や村役の仕業ということはない?」
 老婆がわずかに首を傾け、考え込んだ。
「そうさね、あたしが知らせを受けて龍穴に駆けつけた時、当然、村長もその場にいた。十五年前にはもう今の村長と助役が村役をしていたからね。だけど、村長も村役も孫を見て本気で愕いているようだったし、少なくとも、孫の死にあいつらが拘わっているとは思えなかったが」
 雪鈴は頷いた。
「そうなのね。判った」
 老婆が遠い眼で呟いた。
「要するに、孫を人身御供にした誰かと同じことを村長連中は今、考えているというわけだ」
 老婆は近隣の男衆の助けを得て、孫娘の骸を杭から降ろし連れ帰った。骸はかなり腐敗が進み、白骨化している箇所もあったが、村の墓地に丁重に葬った。
 偶然かどうかは知らねど、孫の弔いが終わった翌朝から、あれだけの晴天続きが嘘のように烈しい雨が降り始めた。ひと度降り始めた雨は数日止むことなく降り続け、漸く晴れ間が広がった時、龍江は元通り満々と水を湛えて流れ、村人たちは河辺で抱き合って歓声を上げた。
 孫の無残な死から長い月日を数えた。
 知らせてくれた隣家の男は今も健在だが、その男が今年になって不穏な話を打ち明けたという。
ーまた龍江が干上がりそうなんで、人柱を立てる話が村役たちの間で出ているみたいだぜ。
  こういった話は幾ら内密にしておこうとしても、どこからか洩れるものだ。そして、いつしか枯れ野に広がる野火のごとく、すべての人の知るところとなる。
 男が言うには、この物騒な噂のせいで、村の年頃の娘を持つ親たちは、いつ可愛い娘が攫われるか戦々恐々としているそうだ。外が薄暗くなる時間以降、絶対に一人で外で出てはならないときつく言い含めているそうな。
 折しも老婆は村外れの山際ー孫娘が永遠の眠りに就いている墓地へ花を供えて帰ったばかりだった。男は女房が多めに拵えた総菜をいつもお裾分けと称して持ってきてくれる。
 そのついでに世間話をするのが常であった。新たな人柱の話は、その際に耳に入ったのだという。