韓流時代小説 秘苑の蝶~涙の呟きー嫁は出産後、家族を捨てた。他の男と新たな家庭を作るためにー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第二話  韓流時代小説 龍神の花嫁~風舞う桜~【秘苑の蝶】

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー。

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 雪鈴は控えめに申し出た。
「ご迷惑じゃなかったら、何か朝ご飯を作らせて下さらない? また無理をして腰が痛くなった困るでしょ」
 老婆は困惑顔だ。
「本当に良いのかえ」
「もちろんよ」
 雪鈴は断ってから厨房にゆき、竈に火を熾した。鍋釜はよく使い込み、きちんと洗って清潔だ。鍋を使って、白菜を刻み、買い置きらしい卵を使い即席の汁飯(クッパ)を作った。
 ほどなく何とも美味しそうな匂いが漂い始め、雪鈴は小鍋と器、木匙を載せた小卓を板の間まで運んだ。
「どうぞ、召し上がれ」
 甲斐甲斐しく小鍋から器に汁飯をよそい、木匙に載せて老婆に渡す。
 自分は側に座り込んだ。
「熱いから、火傷しないように気をつけてね」
 老婆はひと口頬張るなり、絶句した。
 雪鈴が愕き彼女を覗き込む。
「どうしたの、お婆さん、口の中を火傷した? それとも、お口に合わなかったかしら」
 雪鈴が狼狽していると、老婆は首を振った。
「とんでもない。美味しいよ、こんな美味しい雑炊を食べたのは本当に久しぶりだ」
 老婆の眼に涙が光った。
「こんなことを言って良いものか。でも、お嬢さんを見ていると、どうしても孫を思い出してねえ」
 雪鈴が眼を見開いた。
「お孫さん? お孫さんがいるのね」
 老婆の年からして、孫も既に成人しているだろうから、嫁にでもいったのかと思ったのだけれど。
 老婆がそっと目頭を拭った。その仕草で、雪鈴はもしやと考えたのだが、流石に自分から口には出せなかった。
 しばらく漂った沈黙を破ったのは、やはり老婆であった。
「孫は死んじまったよ」
 やはり、そうだったのかと雪鈴は何と言えば良いのか判らない。こういう場合、相手が孫の死について触れられたくないのかどうか、判断がつきかねるからだ。
 老婆が盛大に鼻を啜った。
「孫も優しい子でさ、お嬢さんみたいによく腰をさすってくれたり肩もみをしてくれたものさ」
 いつしか彼女は問わず語りに自らの身の上を話し始めた。
 彼女はソンシルといい、十五で近隣のやはり小さな農村からこの村に嫁いできた。良人は五つ歳上の木訥だが人の好い若者だった。
「お世辞にも男前とはいえなかったけど、あたしには申し分の無いひとだった」
 やがて結婚三年めには一人息子を授かり、当時はまだ健在であった良人の母と家族四人、貧しくはあったが楽しく暮らしていた。
 結婚十年目、良人の母が病むこと数日で呆気なくみまかった。
「あたしは早くに実母を失って、継母で苦労したからねえ。こっちに来てからのお義母さんを本当の母のように思っていたのさ。良人に似て優しい人で、間違っても嫁いびりなんぞされたことがなかったね」
 その中に倅も立派に成長した。その矢先、働き盛りの良人が龍江で漁をしている最中、河に落ちて亡くなった。
「良人の父親も漁師だったというから、良人も物心ついたときから泳ぎは達者で、あの河で泳いでいた。本当なら川に落ちて死ぬことなんてなかったんだけど」
 不幸にも水中に落ちた瞬間、心臓麻痺を起こしてしまったのだった。
 成長したとはいえ、息子はまだ年若く、彼女は良人の失った悲嘆から雄々しく立ち上がり、良人が残したわずかな田畑を息子と二人で懸命に耕し暮らしていった。
 また数年が流れ、二十歳になった時、息子は隣町から嫁を迎える。彼女は三十八になっていた。
 老婆がほろ苦く笑った。
「あたしは最初、反対だったのさ。嫁は隣町の大きな商団の行首の娘だった。うちのような貧乏その日暮らしとは釣り合わないと思ったんだ。でも、倅がもう嫁に夢中になっちまって、どうにもならなかった」
 彼女の不安は不幸にも的中してしまった。翌年には若夫婦の間には早くも初子が誕生したが、嫁は子を産むとすぐに家を出ていった。
 老婆がまた鼻を啜った。
「生まれてすぐの赤ン坊を置き去りにしてねえ。よくもそんな残酷なことができたもんだ。あたしは一度、生後半年の孫を抱いて嫁に隣町まで逢いにいったさ。ろくに畑仕事もしない、あたしには気に入らない嫁だったけど、倅はまだ嫁に未練があったし、何より孫が憐れでならなかった。できることなら、戻ってきて元の鞘に収まってくれないかと土下座までしたんだよ」
 だが、嫁は戻ってくるどころか、そのときには既に次の男を捕まえていた。商団の一人娘だった嫁は父親が勧める取引先の商家の次男と婚約していたのだ!
「自分が腹を痛めて産んだ子なのに、あたしが連れていった孫を抱こうともしなかった。つくづく情の無い女だったねえ」
 老婆が遠い瞳で呟いた。今この瞬間、老婆のはるかなまなざしは雪鈴を見ているようで、見ていない。彼女の視線は雪鈴の向こう側、はるかな過去ー倅や良人と共にここで暮らしていた幸せな時代を見つめているのだ。
「あたしは倅に嫁のことはもう諦めるように話した。既に別の男と婚約しているんじゃ、どうしようもない。幸いにも可愛い孫もいることだし、三人で頑張ってゆこうと説得した。倅もそのときは納得してくれたと思ったよ。でも、そうじゃなかったんだね」
 孫が一歳になる直前、倅は出稼ぎにゆくと家を出たきり、帰ってこなかった。
「今じゃ生きているのか死んでいるのかも判らない。血の繋がった我が子だからね。実の親と娘を捨てていったような薄情なろくでなしでも、どこかでまた新しい家族を作って幸せに暮らしていてくれたらと思うよ」
 老婆の手許に残ったのは、まだ襁褓も取れない孫娘だけだった。老婆は懸命に孫娘を育て、その愛情に応えるように孫娘は健やかに育ち、優しい娘に生い立った。
 ふいに、老婆が叫んだ。魂の底から迸るような咆哮にも聞こえた。
「でも、宝のように大切に育てた、たった一人の孫も天は奪いなさった。酷いことをなさる」
 これまでの口ぶりから、孫娘が既にこの世の人ではないのは理解していたものの、この様子では病死したというわけではなさそうだ。