韓流時代小説 秘苑の蝶~花の涙ー大切な人たちは皆、私を残して逝ってしまう。哀しくて、やりきれない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第二話  韓流時代小説 龍神の花嫁~風舞う桜~【秘苑の蝶】

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー。

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 雪鈴は真剣な顔で言った。
「少なくとも、私はそう考えている。あなたを心から尊敬しているの」
 ソンニョは涙を浮かべ、幾度も頷いた。
「ありがたいーことです」
 雪鈴は力強い口調で続ける。
「だから、一緒に村へ行きましょう。そして、妹さんを助けなきゃ。そのためにも元気を出して、病に勝って」
 ソンニョが黙って頷くのに、雪鈴は微笑んだ。
「薬湯も用意してきたのよ。さあ、飲んで」
 この薬は雪鈴自らが火鉢にかけた土鍋で煎じたものだ。スチョンはそこまでやらなくてもと言ったけれど、これも雪鈴は譲らなかった。
「もう冷めたと思うけど」
 木匙で少しずつ掬い、ソンニョの口に含ませる。
「苦いけど、我慢してね。全部飲み終えたら、美味しい飴を上げるから」
 雪鈴は根気よく薬湯を時間をかけて飲ませ終え、最後に綺麗な手鞠の形の飴を口に入れてやった。
「こんな美味しい上等な飴は生まれて初めてです」
 ソンニョは泣いていた。
「良くなったら、二人で一緒にまた、この飴を食べましょう」
 雪鈴はともすれば自分も泣きそうになるのを懸命に堪えた。
 ほどなくソンニョは眠りに落ち、雪鈴もしばらく微睡(まどろ)んだ。いかほど刻が経ったのだろうか。ハッと気づいた時、ソンニョが紅い顔で荒い呼吸をしていた。
 呼吸が随分と浅い。脈を取ると、信じられないほど弱まっていた。雪鈴はついうたた寝をした自分を責めながら、室を飛び出し医者を呼んだ。
 医者が到着するまで、雪鈴はソンニョの手を取り励まし続けた。
「あと少しだから、頑張るのよ。ソンニョ」
 もどかしいほどの時間が過ぎた頃、漸く医者がやってきた。屋敷に出入りしている老医師は雪鈴がこの屋敷に運び込まれたときも、治療に当たった男だ。
 しばらくソンニョを注意深く診ていた医者が沈痛な表情で首を振る。
「ーっ」
 雪鈴は息を呑んだ。医者はもうソンニョは助からないと言っているのだ。老医師が出ていった後、雪鈴はソンニョの手をひしと握りしめた。
「ソンニョ、しっかりして。良くなったら、二人で村に行くんでしょう? 妹を助けてあげなくては」
 ソンニョの呼吸がいっそう荒くなった。
「お嬢さま、どうか、可哀想なスングムを助けーて」
 雪鈴はソンニョの手を握りしめた我が手に力を込めた。こうしておけば、飛び立とうとするソンニョの魂を辛うじてつなぎ止めておけるかのように。
 握りしめたソンニョの手が力を失った。ポトリと彼女の手が夜具に落ちる。
「あー」
 雪鈴は眼を一杯に見開いた。
「ソンニョ! ソンニョ」
 声を限りにソンニョの名を呼ばわっていると、外に出ていた老医師がまた入ってきた。
 医者と場所を交替するも、ソンニョの魂は既に身体から抜け出してしまったことは素人の雪鈴にも知れている。
 ソンニョの死を確認後、医者が出てゆき、再びソンニョと二人だけになった。 
 息絶えたソンニョの頬に、ひと筋の涙の跡を見つけた。可哀想に、どれだけ苦しかったでしょうに、辛かったでしょうに。
 雪鈴は袖から手巾を取り出し、ソンニョの涙を優しく拭いた。
「ありがとう。あなたがくれた優しさと真心を私は忘れない」
 ソンニョの存在は、確実に傷だらけだった雪鈴の心を優しく温かく包み込み、癒やしてくれた。
 無念の死を遂げた彼女に報いるためにも、何としてでもソンニョの妹は救わねばならない。雪鈴は強い決意を秘めた瞳を物言わぬソンニョに向ける。
「安心して眠ってちょうだい」
 この上なく大切な人にするように、ソンニョの髪を優しく撫でた。この瞬間、ソンニョの口許がかすかにほころんだように見えたのは、気のせいだったろうか。

    龍神の花嫁

 話は少し前と遡る。今年に入り、この小さな鄙の村では水不足が深刻になりつつあった。例年であれば、秋から冬にかけてはもう少し降水量があるものだが、去年からここ春先、まとまった雨が降った試しがないのだ。
 せめて雪でも降れば、村の中央を流れる河の増水も少しは期待できるのだけれど、その雪すら、ちらほらとしか降らず、到底積もるどころではなかった。
 最早、これは天が何らかの原因で怒(いか)られているのだと不安が村人たちの心に兆し始めたのは年が改まる頃の話である。
 当然ながら、そんな有り様で正月気分どころではなく、村を代表する分別盛りの男たちは、定期的に集まっては今後の対策を話し合った。だが、打開策など、とうに尽きていた。昨年末にはセサリ町から霊験あらたかだという巫女を大枚を払い、村に呼び大がかりな雨乞いの祈祷まで催したのだ。
 それでも、雨は降らなかった。依頼主が貧しい農村と聞き、著名な巫女は来るのを渋った。そのため、全戸で十数軒の各家から均等に金を出し合い、それらをかき集めて祈祷料を払い、漸く雨乞いを実施したのである。
 村人の家の内情はどこも苦しく、その日暮らしではあったが、中には働き盛りの息子を失った老夫婦もいた。そんな家にも村役は再三足を運び、
ーこれは不公平にならないためだから。
 と、無慈悲な借金取りよろしく、老夫婦から他の家と同じだけの分担金を徴収したのだ。
 老いた良人は殆ど寝たきりで、妻は足腰が悪く、どちらも到底働けるような状態ではなく、倅一人が頼りであった。妻は良人の世話をするのが精一杯だ。頼りとする倅に先立たれ、倅が残したわずかな銭を少しずつ切り崩しての慎ましい暮らしだ。
 なのに、そんな家からも銭をむしり取ってゆくのかと、村役は随分と恨まれた。
ーお前さんらは、早死にした息子が残した金を奪い取っていって、わしらに死ねと言うのか。
 老妻は悔し涙を流していた。