韓流時代小説 秘苑の蝶~花は怒りに震えー烈女も生け贄も同じ。無垢な若い娘が犠牲になる残酷な風習 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第二話  韓流時代小説 龍神の花嫁~風舞う桜~【秘苑の蝶】

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー。

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 雪鈴は軽く頷いた。勇気を得たように、ソンニョは続ける。
「実は、今月初めに兄が故郷から出てきまして」
 ソンニョの実家は、セサリ町からほど近い鄙びた農村である。両親ともに健在で、兄は既に嫁を取って子も産まれている。乏しい田畑を耕すだけでは生活は苦しく、兄夫婦には立て続けに五人も子が生まれ、余計に生活はたちゆかなくなった。
 そのため、兄が今年の春、村からセサリ町まで出稼ぎに出てきたという経緯があった。その兄がわざわざソンニョを訪ねてきて、うち沈んだ様子で言った。
ースングムが〝龍神の花嫁〟になることが決まった。
 ソンニョは両手で顔を覆った。
「龍神の花嫁ー」
 雪鈴は呟いた。自分が特に迷信深いと思ったことはないし、龍神がそもそも存在するのかも疑わしい。なので、龍神の花嫁と言われても、今一つピンと来ない。
 しかし、ソンニョの取り乱し様では、けして良いものではないのは確かそうである。
 雪鈴は小首を傾げた。
「ソンニョ、龍神の花嫁とは何を意味するのかしら」
 ソンニョは途端にガバと顔を上げ、憎々しげに言った。先刻までとは別人のような変わり様だ。
「生け贄ですよ。村を流れる河には昔から龍神さまが棲んでいるって言い伝えがあるんです」
 これだけで、部外者の雪鈴にも話のおおよそは掴めてきた。果たして、ソンニョが語ったのは、当たらずとも遠からずといったところだった。
 村を貫くような形で河が流れている。かなりの急流で、水深も深い。暑い夏場には村の子どもたちは親に止められるのもきかず、河で泳いだ。大人の眼を盗んで河遊びしていた子どもの何人かが急流に飲まれて、二度と生きて帰ることはなかった。
 恐ろしい河ではあったが、豊かな水源は村に実りと恵みをもたらしてくれる。村人たちは河を〝龍江〟と呼び、いつしか龍江の水底には龍神が住んでいると真しやかに語るようになった。
 龍江は確かに不思議な河だった。普段は底が知れないほど深いのに、日照り続きの真夏には底が露出するーつまり、干上がることもあった。水源は村の背後にそびえる山だといわれている。
 もっとも、長い村の歴史の中で底が見えるほどの深刻な日照りになったのは、数えるほどしかない。
 その昔、初めて〝花嫁〟が捧げられた。当時を知る唯一の生き証人も数年前に亡くなった。
 その年の夏は空梅雨だった。日照りが続き、満々と水を湛えていた龍江は七月末には底が見えるほどまで水量が激減した。
 ここまで水量が減ったことはかつてなく、村人たちは色を失い、村役たちが夜毎集まっては頭を悩ませた。その結果、
ー河が涸れそうになるまで水が減ったのは、龍神さまがお怒りなのではないか。お怒りを鎮めれば、また水量が戻るに違いない。
 誰かが言い出したという。すると、他の者が
ー言う通りかもしれん。この前に河が干上がったのは数十年前らしい。そのときは何もせず、手をこまねいて見ておったから、河には水が一滴も残らず完全に干上がったのだ。幸いにも、今はまだ河に水は残っている。今の中に龍神さまのお怒りを鎮めれば、干上がるのを防げるのではないのかのう。
 村人たちが乏しい稼ぎから少しずつ金を出し合い、霊験あらたかだという巫女も呼んで雨乞いもした。それでも、太陽は日ごと容赦なく照りつけ、雨が降るどころか雨雲さえ見えなかったのだ。
 村人たちにすれば、最早、迷信に縋るしかなかったのだろう。彼らは龍神の怒りを収めるために、村から生け贄を差し出すことにした。
 若く美しい村娘が一人選ばれ、村の背後にそびえる山の麓に連れられていった。そこには洞窟があり、そこが水源だと信じられていた。龍神は水源に住むということから、〝龍穴〟と呼ばれていた。
 洞窟にある水源は小さな泉であり、そこから徐々に流れは大きくなり河に繋がっており、娘は水源地に建てられた杭に括り付けられた。いわゆる人柱である。その時、水源の水量は杭に縛り付けられた娘の脚先をひたひたと洗うほどまでだった。
 一日、二日と経過した。けれども、雨は降らず、生け贄となった娘は日ごとに弱っていった。洞窟内だから、炎天下に晒されるほどではないとしても、飲まず食わずなのだ。いつまでも生きていられるはずがない。逃げようにも、手足は杭に荒縄で幾重にも括り付けられ、身じろぎさえできない状態だ。
 万が一、生け贄を逃がしでもしたら、逃亡に手を貸した者には恐ろしい罰が当たると信じられている。憐れな娘を助けようとする者は一人としていなかった。
 それでも生け贄に逃げ出されてはと、村役が交替で日に一度、見回りにいった。十日目、娘は可哀想に杭に括り付けられたまま息絶えていた。
 それでも、雨はいっかな降る気配もなかった。ところが、である。娘の死を確認した翌日の朝から、不気味な黒雲が村上に立ちこめ、昼過ぎにはたたき付けるような雨が降り出した。
ー龍神さまがお怒りを解いて下さった。我らの花嫁に満足して下さったのだ。
 三日三晩降り続いた雨のお陰で、河はまた元通り満々と水を湛えるまでになった。村人たちは洞窟まで赴き、娘の亡骸を杭から降ろしてやり、洞窟内に丁重に葬ったという。
 ソンニョは唇を戦慄かせた。
「今年になって雨が殆ど降らず、夏を待たず村は深刻な水不足になっているそうです」
 雪鈴も憂い顔で応じた。
「それで、また龍神に花嫁を捧げるということになったのね?」
 ソンニョは鼻を啜った。
「はい。取り返しのつかないことになる前に、龍神さまの怒りを鎮めなければならないって」
 その〝花嫁〟として、ソンニョの妹に白羽の矢が立ったということだろう。
 雪鈴は我知らず深い溜息をついた。まったくもって、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。彼女の脳裡に崔家の義両親の酷薄そうな顔が浮かんだ。
 新婚まもなく良人に先立たれた雪鈴の哀しみを思いやるどころか、家名を守るために雪鈴に死を強要したような人たちだった。