韓流時代小説 秘苑の蝶~哀しみが止まらないー私は烈女として歴史に残った。彼は大丈夫かと言うけれど | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第一話 後編 韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。


  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 義母の一世一代の演技を眺めつつ、
ーあの人はいっそのこと、旅芸人にでもなれば良かったのだ。
 皮肉な想いになるのは致し方なかった。
 舅は舅で、こちらも歯を食いしばり、時には袖から手巾を出して目尻を拭っている。妻が妻なら良人も良人、似た者夫婦である。
 親戚の若者がそんな二人に寄り添い、なお棺に取り縋って泣き喚く義母をそっと引き離した。雪鈴にも見憶えのあるその青年は、恐らく亡き良人ハソンの従兄である。確かハソンの葬儀のときにも遠方から参列していた。
 雪鈴は挨拶した時も、ほんの数言ほど言葉を交わしただけだけれど、純朴さが好ましい好人物のように思えた。
 彼は心から老いた当主夫妻を労っており、あの様子では若嫁の死の真相、棺が実は空であることを知らないに相違なかった。
 雪鈴の隣に佇むコンがそっと囁いた。
「崔氏の本家はあの当主の甥が継ぐそうだ」
 つまり、義母の願いは叶わなかったということだ。義母は本家を相続するのは自分の息子ハソン以外には認めないと頑なに主張していたのだ。
 今の当主夫妻の人柄は褒められたものではないが、崔家は名門だ。客観的に見て、ここで名跡が絶えるのは勿体ない。また、亡くなったハソンも生家が断絶するのをけして歓びはしないだろう。これで良かったのだと雪鈴は素直に思った。
 棺を担いだ男たちは、通りをゆっくりと進んでゆく。そのすぐ後を崔家当主夫妻、親戚たちが歩き、門前で見守っていた人々もそれについていった。コンに促され、雪鈴もその人々の群れに混じって歩き始めた。
 一同が赴いた先は町外れの墓地であった。寺に隣接したその墓地は、かなりの広さがある。墓地の最奥部は既に大きく掘り返され、棺の到着を待つばかりとなっていた。
 葬儀には参列しなかった親戚たちは、先に墓地へ来ていたようだ。野次馬たちに混じって墓地を歩いていた雪鈴は、息を呑んだ。
 コンがハッとしたように彼女を見ている。
 掘り返された穴の傍らに立つ数人の中には、雪鈴の両親の姿があった。喪服姿の母は腕に赤児を抱いている。生後四ヶ月ほどの赤児は遠目で顔立ちは判らないものの、衣裳の色から女児だと知れた。
 雪鈴のいない間に、母は出産し、妹が生まれたのだ。雪鈴は我が身が家を出てからの刻の流れを改めて思いやった。
 あの幼い妹は、この世のどこかに姉が生きているのを永遠に知ることはないだろう。
 いよいよ棺が地中深く降ろされた。そこで赤児が突然むずかりだし、母が慌てて赤児を揺すって、あやしている。傍らのやはり喪服を纏う父が母に何か囁き、母が笑みを浮かべた。父が赤児の頬をつついて笑っている。
 その間にも棺には次々に土がかけられてゆく。だが、両親は棺を見ようともせず、ただ、むずかる赤児をあやすのに気を取られているようであった。
 父と母に自分の〝死〟がどのように伝えられているかは判らない。あの棺の中に本当に娘の骸があると信じているのか、それとも、縁を切った娘が無事、どこかに逃げおおせたことを知っているのか。
 仮に雪鈴が死んだと知らされているなら、今のあの態度はどうだろう。やはり、両親にとって自分はもう必要ない存在なのかと突きつけられたようだ。
 鉛を飲み下したように心は重かった。と、コンが彼女の葛藤を見抜いたかのように呟いた。
「孫家の父御には、人を介して、そなたの無事を伝えた」
 雪鈴は弾かれたようにコンを見上げた。コンの漆黒の瞳には紛うことなく労りがほの見えた。
「連絡は間に何人か人を通したゆえ、知らせたのが俺だと父御に知られる心配はない。雪鈴の居所も同様に父御は知らない」
 雪鈴は胸が熱くなった。
「ありがとうございます」
 今の彼の言葉で、ほんの少し救われたような想いだ。両親は地中深く埋められた棺の中に、娘の骸はないと知っている。だからこそ、泰然としているのだとー思いたかった。
 ついに棺は土に覆われ、見えなくなった。野次馬たちがぞろぞろと帰り始めたので、コンと雪鈴もまた彼らに紛れて墓地を後にした。最後まで残って万が一、崔家の義両親に疑念を持たれでもしたら堪ったものではない。
 コンと並んで歩きながら、雪鈴は心の中を薄ら寒い風が吹き抜けるのを感じた。今はもう六月下旬、日中は汗ばむほどの陽気なのに、震えそうなほど寒かった。
 コンが労りのこもった声で問うてくる。
「大丈夫か? やはり、連れてこない方が良かったのではないか」
 雪鈴は淡く微笑み、かぶりを振った。
「私が連れてきて頂きたいとお願いしたのですから」
 コンが口ごもり、少し躊躇ってから口を開く。
「だが、気分の良いものではないだろう」
 雪鈴は少し考え、小さな声で応えた。
「そうですね。正直に言えば、衝撃を受けました。でも、やはり連れてきて頂いて良かったのだと思います」
 コンが遠慮がちに訊いた。
「その理由を訊ねても?」
 雪鈴は軽く頷いた。
「自分の葬儀を見るというのは実に不思議な心もちでした」
「であろうな」
 相変わらずコンの言葉には上辺だけではない気遣いが滲んでいる。
「さりながら、すべてを吹っ切るには必要なことだったのだと思います」
 コンが問い返す。
「吹っ切る?」
 雪鈴は前方を見据え、深く頷いた。
「はい。孫雪鈴という人間は、もうこの世のどこにも存在しない。そのことを自分自身で確認できました」
 コンが痛ましげに見つめる。
「雪鈴」
 雪鈴はまた薄く笑んだ。
「私なら大丈夫です」
 コンはまだ気遣わしげに見ている。
「本当に大丈夫か?」
 雪鈴は消え入るような声音で応えた。
「ーはい」
 しばらく二人はひたすら歩き続け、会話らしいものはなかった。屋敷が近づいた時、雪鈴は思い切って訊ねた。
「コンさま、一つ知りたいことがあるのですが」
 雪鈴が口を開き、コンがどこかホッとした様子で頷いた。
「うん? 何だ」
「崔家はこれからも続いてゆくのは判りましたが、烈女についてはどうなったのでしょうか」
 コンは雪鈴に崔家の存続については教えてくれたけれど、その他は何も話してはいない。恐らく話さないことが彼なりの配慮なのだと理解はしている。けれども、当事者としては知らずには済ませられない問題ではあった。
 雪鈴の問いに、コンは眉を寄せた。
「知りたいか?」
 雪鈴は、きっぱりと首肯する。
「はい、知りたいです」
 コンが小さな息を吐き、重い口を開いたのは少しく後だ。
「崔サンナムは都に申請を出し、認められた。つまり、息子に殉死した嫁が烈女として正式に認められたんだ」