韓流時代小説 秘苑の蝶ー喪失そして再生ー私は「死んだ」。明日からは別人として名を変えて生きるー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第一話 後編 韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。


  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 雪鈴が夢の話をしている間、コンは真面目な顔で耳を傾けている。雪鈴は彼が今にも笑い出すのでは

ないかと息を呑んで見つめていた。
 が、彼は至極真剣な面持ちで言った。
「いや、実のところ、俺も銀色の蝶を見たことがあるんだ」
 雪鈴は眼を瞠った。
「そうなのですか?」
 コンが思慮深げな眼で言う。
「雪鈴を谷川の河原で見つけた日のことだな。あの日もたくさんの銀蝶が飛んでいた。俺には正直、銀蝶がそなたを守り、運んできたように見えた」
 彼はほろ苦く笑った。
「とはいえ、今はともかく、あのときは季節は冬だ。銀色かどうかはともかく、蝶そのものが存在するはずがない。恐らくは幻でも見たのだろう」
 雪鈴は頷いた。
「私が最初に銀の蝶を見たのも、コンさまが私を見つけて下さったのと同じ時期ですから、冬です。でしたら、やはり、私も幻を見たのでしょうね」
 追い詰められて崖から身を投げること自体が尋常ではない。普通の精神状態とはいえず、あり得ない幻影を見たとしても不思議はなかった。
 コンが笑顔になった。
「さりながら、銀蝶を眼にして、そなたは奇跡的に生命を取り留めた。ならば、現のものかどうかは別として、銀蝶はそなたにとっては幸運の守り神ということになる」
 思い返せば、我が身に何か重大な出来事が起こる前、あの美しい銀色の蝶は姿を見せる。ならば、彼の言うように銀蝶はさしずめ、幸運へと導いてくれる守り神なのかもしれなかった。
 そして今日、二人一緒にここで銀蝶を見たのにも何らかの重要な意味があるのだろうか。銀色の蝶がひらひらと優雅に薄い羽をはためかせる度、光り輝く銀色の粉が舞う。
 繊細な羽には複雑な模様が刻まれ、虹色にキラキラと煌めいている。やはり、あの蝶は間違いなく崖から飛び降りるときと夢で見た蝶だ。
 満月に照らされた姫貝細工の花たち、銀色に濡れた花たちに戯れかけるように飛ぶ銀蝶。すべてが現世のものとは思えない美しい光景である。
 夜が更けるにつれて風が強くなったのか、雲の流れが速い。急に輝く満月が心ない雲に隠された瞬間、視界が暗くなった。
 ほどなくまた月が姿を現したその時、既に不思議な銀蝶はいずこへともなくかき消えていた。後にはただ、物言わぬ花たちが眠りにたゆたうばかりだった。
 雪鈴はどこか名残惜しい想いで、蝶が飛んでいた方をしばらく気が抜けたように眺めていた。
 思いの外、ここで長い刻を過ごしてしまったようだ。出産を終えたばかりの清明のことも気懸かりでもあり、二人は樹下に繋いでいた馬を連れ、急いで小屋にとって返した。
 
 小屋に戻った時、清明はまだ赤児と共によく眠っていた。彼女と赤ン坊だけにするわけにはゆかない。とりあえずコンが馬で山を降り、屋敷まで戻ることになった。
 屋敷に帰ったコンは着替えを済ませ、またすぐに女輿と下男たちを連れて引き返してきて、清明と赤児は輿で屋敷まで運び、雪鈴は牝馬に乗って輿に続いた。
 そのおよそひと月後、六月上旬に清明は小さな息子と共に隣町の婚家へと帰っていった。清明の夫君は妻が山中の小屋で出産した経緯を知り愕くと共に、付き添ったコンと殊に赤児を取り上げた雪鈴に心から感謝した。
 夫君に頼み込まれ、一度は辞退したコンと雪鈴は金家の若夫婦第一子の名付け親となる。
 二人は、ああでもない、こうでもないとさんざん考えた末、赤児の名を〝本道(ホンド)〟と名付けた。
ー人として最も尊ぶべきもの、根本である道を大切にするような子に育って欲しい。
 そんな願いのこもった名である。
 そして、コンは雪鈴と額を付き合わせて赤児の名前を考えながら、ひそかに思ったのだ。
 いつか自分たちが晴れて世にも認められた夫婦になれた時、こんな風に生まれてくる子どもの名前を相談し合えると良いーと。
 
    新たに生まれいでて    

 六月も下旬に入った。コンの屋敷の庭に咲く姫貝細工の花期もそろそろ終わろうかというある日、雪鈴はコンと共に見憶えのある両班の屋敷前にいた。
 今日、この家の若嫁の葬儀が行われるとあり、門前の道には無数の人が集まっている。
 そう、眼の前に見えるのは、かつての婚家崔家である。暮らしたのはわずかな日々であったとしても、ここで人生初めての華やかな祝言を挙げ、良人となった男と新婚の日々を過ごしたのだ。暮らした期間の短さと思い入れの深さは関係ない。
 わずかに滞在しただけでも、忘れがたい場所というのはあるものだ。
 しかし、今の雪鈴にとっては、まったく馴染のない見知らぬ他人の家でしかなかった。
 いや、恐らく、この家は最初から雪鈴にとっては他人の住処にすぎず、崔家の義両親は雪鈴を義理の娘だと思ったことなど、一度もなかったのだろう。だからこそ、倅が亡くなって哀しみも冷めやらぬ時、嫁に死ねと残酷なことが言えたのだ。
 崔家は地元きっての名家とあり、次々に開け放たれた門を弔問客がくぐってゆく。いずれも立派な身なりをした名士か両班ばかりだ。雪鈴とコンはそれらを見守る野次馬に混じり、道端に立って一部始終を眺めているというわけだ。
 コンはいつものように薄蒼のパジチョゴリ、雪鈴は華やかな妓生のなりをしている。これはコンの提案だ。こうしていれば、遊び好きの王族が気紛れに女連れで弔いの見物に来ていると思われるからというのが理由である。
 紅色を基調とする艶やかな衣裳も、高々と結い上げた複雑な髪型も雪鈴には似合いすぎるほど似合っていた。初めて見た時、コンは見惚れすぎて言葉を失ったほどだ。
ーこれはまた天女かと思ったぞ。この格好で色町を歩こうものなら、一夜で色町一の売れっ妓になれそうだ。
 と、すぐにいつもように冗談に紛らわせてしまったのだけれど。
 妓生のなりをした雪鈴は淡い薄紅色の紗を垂らした傘を被り、更に外套を頭からすっぽりと被っていた。万が一、〝死んだはずの若嫁〟が自分の葬儀に来ているなどと知れれば、大事だ。用心には用心を重ねてのことだ。
 見守ること一刻余り、邸内から棺が担がれ運び出されてきた。むろん、あの中は空に決まっている。まあ、正真正銘の空っぽだと担ぐ者たちにバレてしまうので、それらしく見せるために重しは入れているだろうが。
 自分の〝弔い〟を見るのは、実に複雑な形容しがたい気分といえた。実は亡骸が入ってはいない空の棺が数人の男たちによって、今まさに門から担ぎ出されてゆく。
 続いて白木の位牌を胸に抱いた崔家当主、夫人が登場した。二人とも喪服に身を包んでいる。舅も姑もうつむき、さも哀しげな表情を浮かべている。姑に至っては運ばれてゆく棺に取り縋り、号泣するという実に見事な演技まで披露して見せた。
 なりふり構わず嫁の棺に取り付いて、世にも哀しげに泣いている様は、実に堂に入ったものだ。本当に義母が若くして倅の後を追った若嫁の死を心底から嘆いているようにしか見えない。