韓流時代小説 秘苑の蝶~義姉の呟きー雪鈴は本当に良い子。兄様でなくとも男なら皆あなたを好きになる | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第一話 後編 韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】


嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。


  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛
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 夫君が帰郷してから、金家では大々的に人を集めて二度目の婚礼が行われたという。
 当時、両班家の娘は親の定めた相手に言われたまま嫁ぐのが常識であった。清明の幸せな恋愛結婚は若い令嬢たちの憧れをそのまま実現した形だったのだ。
 清明自身から実に情熱的な結婚に至る経緯を聞かされた時、感じたのは同年代の娘たちと同じように羨望だけではなかった。
 心から恋い慕う男との結婚は、うら若き娘なら誰しもが夢見るものだ。しかし、王族の姫であれば、国王もしくは親が決めた相手に嫁ぐのが当たり前のこの世の中、清明のように相思相愛で結ばれるのは希有なことだ。
 清明には許された幸せな結婚が、自分には許されなかった。恋い慕う男と添うのは無理だとしても、せめて良人ハソンが人並みに長生きしてくれたら、雪鈴の人生ももっと変わったものになっていたに違いないのだ。
 早世した良人を恨むのは筋違いなのに、雪鈴はどうしてもハソンを恨めしく思わずにはいられなかった。
 ただ、一つ忘れてはならないことがある。清明は当時としては実に型破りで、初対面で堂々と交際の申し込みをした。女性側からの積極的なアプローチかつ、彼女はやんごとなき王族だ。普通ならば考えられない行為ではあるが、結果として清明のこの行動力が二人の出逢いを幸せな結末に導いたのは言うまでもない。
 言うなれば、清明自身が勝ち得た幸福だともいえる。仮に出逢いの場で清明が世の令嬢たちのように引っ込み思案で、何も行動を起こさなければ、夫君との縁はそれで終わりだった可能性は高い。
 幸せになりたいなら、黙って見ているだけではならない。自ら幸せをつかみ取るべく行動を起こさなければ。年上の女性の幸せな結婚は、雪鈴に大切なことを教えてくれているようだった。
 金家ほどの名家であれば、使用人の数も多く、当然、生まれた赤児には乳母がつくだろう。両班家の奥方の中には我が子を乳母に任せきりの人も珍しくはない。けれども、清明は恐らく我が子は自分の手で育てたいと考えるタイプの女性だ。
 たとえ乳母がいても、赤ン坊が生まれれば、彼女はきっと大忙しになる。出産を目前に控えた今この時、せめて心ゆくまでのんびりと過ごしたいと願う気持ちは、同じ女として、とても共感できるものだ。
 雪鈴の気持ちが伝わったのか、コンも頷いた。
「そうだな。俺はまだ子どもを持ったことがないから、よく判らないが、親になるとは、そんなものだろう」
 それからは実に和やかな時間を過ごした。早朝からスチョンが丹精してくれたご馳走は素晴らしかった。三層の重箱には具の入ったお握り、もやしと胡瓜のキムチ合え、鶏のキムチ蒸し、卵焼き、更には狐色に焼き上がったひと口サイズのお菓子まで見た目も美しく詰められている。
 焼き菓子は表面に粉雪のような砂糖がまぶされ、生地には細かく砕いた木の実の入ったもの、果物の入ったものと多種多様だ。これはコンより専ら女性陣が歓んだ。
 コンは敷物を持参していたけれど、清明のたっての希望で直接に草の上に座った。大地の感触を感じながら食べるご馳走は格別だ。
 清明は高貴な女人らしくなく、綺麗なチマが汚れるのも頓着しない。
 清明の旺盛な食べっぷりに、コンはかえって心配したほどだ。
「そなた、食べ過ぎではないのか? 屋敷では小鳥が啄むほどしか食べられないと言っていただろう。そんなに食べ過ぎたら、お腹の赤ン坊が窮屈になるぞ」
 清明の妊娠経過も順調で、侍医はもう、いつ生まれても大丈夫な状態だと太鼓判を押している。ただ、まだ十ヶ月に入ったばかりなので、欲を言えば今少し胎内にいた方が赤児には良いだろうとのことだ。
 今日の外出も侍医にきちんと許可を得ている。清明は医者の許しは要らないと言ったのだけれど、こればかりは妹に弱いコンも譲らなかった。
ー医者に診て貰ってからでなければ、連れてはゆけない。
 その一点張りだったから、清明も不承不承、診察を受けたのだ。
 だが、清明はいつものように、あっけらかんと笑い飛ばした。
「大丈夫よ。私が食べたご馳走を赤ちゃんも歓んで食べているわ」
 いかにも彼女らしい応えに、雪鈴は笑いを堪え切れない。
 豪華なお弁当を賑やかに食べ終えると、コンはゴロリとその場に横たわった。当然、敷物などなく、草の上に寝転がっているのだ。腕枕をし、気持ち良さそうに眼を閉じている。
 兄を見ながら、清明が笑った。
「私はもうお腹がはち切れそうよ。確かに、兄の言うように少し食べ過ぎたかもしれないわ」
 雪鈴も頷いた。
「私もです。スチョンさんの料理の腕は一級ですね。私も、もっと熱心に教えて頂かないと」
 と、清明が優しく言った。
「雪鈴は本当に何にでも一生懸命ね。今時の若い娘(こ)にはいないくらい、良い子だわ。兄でなくても、きっと殿方なら誰でも好きになるわね」
 最後の言葉に、雪鈴は狼狽えた。
「そ、そんなはずはありません。私はおっちょこちょいだし、意地っ張りだし、寝坊ばかりするし」
 わずか五日で終わった結婚生活でも、婚家でヘマばかりして義母に叱られていた。結婚初日から寝過ごして義母にきつく当たられたのも哀しい想い出だ。
 清明が微笑んだ。
「あなたは自分を過小評価しすぎよ。ああ見えて、お兄さまは人を見る眼は厳しいの。しかも、こと女人になると、もっと厳しくなるわ。そんな兄があなたを片時も側から離さないほど気に入っているのだもの。もっと自信を持って」 
 清明が茶目っ気たっぷりに片眼を瞑る。
「良い加減にのらりくらりと生きているように見えて、お兄さまの人を見る眼は確かなのよ」
 随分な言い様だけれど、確かに清明の言い分は的を射ている気もする。
 清明がふと思いついたかのように言った。
「私はこの有り様だから、動き回れはしないし、少しお話しでもしましょうか」
 雪鈴は頷いた。
「そうですね」
 時間は昼を回り、少し風が出てきた。ここはさほど高度は高くないが、それでも山中である。下界よりは若干気温が低いようだ。
 コンはあれから、ずっと眠っている。熟睡しているのか、多少の話し声にも微動だにしない。雪鈴は敷物を取り上げ、眠っているコンの身体にそっと掛けた。風邪を引くほどの寒さではないと思うけれど、掛け布だけでもあるのとないのでは違うはずだ。
 清明は少し離れた場所から、その様子を見守っていた。雪鈴が戻ってくると、彼女が優しい笑みを広げた。
「兄のことを気遣って下さったのね」
 雪鈴は眼のやり場に困った。
「少し風が冷たくなってきましたので」
 たいしたことをしたわけでもないのに、感謝を込めた視線で見つめられると、かえって恐縮してしまう。
 雪鈴は熱くなった頬に手のひらを押し当てた。
「あの、清明さまがいつか、お話しになっていた姫乃原にまつわる伝説のことですけど」