韓流時代小説 秘苑の蝶~文陽君が雪鈴の秘密を知るー彼女が人妻?婚家の義両親に殺され欠けた若嫁だと | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。

  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 だが、雪鈴を愛しているのかどうかまでは、正直なところ、自分でも見極めかねていたのだ。時ここに至り、コンは、はっきりと悟った。
 俺は、彼女を愛しく思っている。雪鈴への気持ちは、単なる好奇心や同情ではない。これまで妓生たちを抱いたときの、その場限りの後腐れ無い情とも違う。
 いや、むしろ、コンは雪鈴には後腐れどころか、ずっと続く縁を結ぶことを望んでいる。コンは、彼女にずっと側に居て欲しかった。彼女の花のほろこぶような笑顔を見て、今朝のように彼女の愛らしい声に見送られて出掛けたい。
 雪鈴との関係がひと刹那で終わるなんて、考えたくもない。ずっと彼女を側に置きたい。
 つまり、これは。コンは考え事に耽りながらも、通行する民たちに注意を払いながら愛馬を駆けさせた。
 往来の向こうから若い夫婦者が歩いてくる。まだ二十代のようで、若い妻が赤児を大切そうに抱いていた。父親が赤児と妻を蕩けそうな顔で見ている。
 今までの自分なら、微笑ましくはあるが、所詮、女に腑抜けた哀れな男の末路だと同情していたろう。妻や子に生涯を縛られるのはまっぴらだと思っていた。少なくとも、雪鈴に出逢うまでは。しかし、今日は違った。
 仮に、仮にだ。あの夫婦者が俺たちで、赤児を抱いているのが雪鈴だったとしたらー。
自分はどれだけ幸福なことだろう。幸せそうな夫婦者、親子連れを見て心底羨ましいと思ったのは何を隠そう初めてだった。
 どうやら、雪鈴という娘は彼を根底から変えてしまったようだ。
 よし、決めた。雪鈴を妻に迎えよう。一旦決意すると揺るがないのはコンの長所でもあり短所でもあると、忠実な母代わりの乳母は事ある毎に言う。
ー坊ちゃまは頑固でいらっしゃいますね、一度こうと決めたら梃子でも動かれないんですから。
 ただ、雪鈴を妻に迎えるには、相当の根気と覚悟が必要ではあるだろう。まず、彼女がどこの何ものなのか? それを知らねばならない。かといってコンは内密に彼女の素性を暴くつもりもなく、彼女に問いただすつもりもなかった。
 無理強いはしたくないのだ。情の通わない関係ほど、空疎なものはない。彼が国王や父に幾ら勧められても、名家の息女と結婚しなかったのはそれが理由だった。
 大切なのは、雪鈴が彼女自身の意思で彼の許へ来ることではないか。そのためには、焦らず、彼女の気持ちが解(ほぐ)れるのを待つしかない。
 このセサリ町は北方では比較的、規模の大きな町で、人口もそれなりだ。州役場も置かれ、この近隣一帯の政治を預かる郡守以下、役人たちが在駐している。
 この町に来て三年になるが、群守は典型的な地方官といった人物で、毒にもならず薬にもならずの事なかれ主義の男である。セサリ町に来て以来、彼は〝相談役〟もしくは〝政治顧問〟の肩書きで、月に一度、役場に出向かねばならなかった。まあ、中央から派遣された地方官の中には、民を虐げ年貢を搾取できるだけ搾り取る悪辣な者も多いから、ここの郡守はそれをしないだけマシといえる。
 無用な肩書きであるにも拘わらず、国王は彼に〝相談役〟の地位を与えた。それが若い〝前途ある王族〟が都を離れる条件であったから、彼も仕方なく受け容れたのだ。
 何が前途ある王族だ、相談役なんぞ糞食らえだ。どうせ都にいても、女を抱き酒を飲むことでしか暇つぶしをするしか能がない名ばかり王族ではないか。
 王族らしくもない品のない罵り言葉を吐き、彼は役場の前で愛馬を止め、ひらりと降りた。門前を守っていた守衛が彼を認め、慌てて最敬礼で近寄り、馬を受け取って馬房へ連れてゆく。
 コンは役所の門をくぐり、大股で敷地を横切った。下級役人が飛んできて、これまた、ひれ伏さんばかりに頭を幾度も下げる。
 この田舎町に王族が来たのは役場始まって以来初めての栄誉ーとは、郡守の科白だ。
 下級役人が知らせたものか、今度は郡守本人がせかせかとやってきた。小柄で痩せた身体が郡守の制服の中で泳いでいるようだ。どこか都にいる父を思い出させて、ある意味、親近感が持てた。
「これは文陽君さま。わざわざ、お越し頂き、恐悦至極に存じます」
ー貴様は商人か。
 駄目だししたくなるように何度も揉み手をしながら、慇懃にコンを迎えるのは毎度のことである。 
 郡守の後に続き、コンは執務室に入った。仕事用の重厚な机の脇に来客用の円卓と椅子がある。慣れたこととて、彼はその椅子の一つに座り、郡守も向かいに座った。
 コンはいつものように穏やかに訊ねた。
「それで、いかがですか? ここひと月、町で何か変わったことはありませんでしたか?」
 どうせ、また例の
ー文陽君さまのお陰で、町の者も皆、つつがなく過ごしております。めぼしい事件も事故も起きておりません。
 毎度判で押した応えが返ってくるものだとばかり思っていた。揉め事が起きないのが何故、〝文陽君さまのお陰〟なのかは判らない。コンは何もしていないからだ。大方、心にもない追従だろう。
 郡守の返答は聞くまでもない。いつもながらの形式だけのやり取りなのだから、早々に済ませるに限る。コンは立ち上がった。
「それは何より。それでは、私はこれにて失礼ー」
 コンが言い終えることはなかった。先に郡守が口を開いたからだ。
「それがちと面倒なことになっておりまして」
 どうやら、いつもと風向きが違うらしい。既に雪鈴の待つ屋敷に帰る気満々だったコンはわずかに鼻白み、また元の場所に収まった。
「何か、あったのか?」
 郡守が白髪交じりの頭をかいた。この男が厄介事を抱えたときの癖だとは三年の付き合いで知っている。
「実は、崔家の若嫁が失踪したと当主の崔サンナムから届け出がありました」
 コンはわずかに形の良い眉を寄せた。
「若嫁が失踪したとは、穏やかではないな。一体、どういうなりゆきです?」
 コンの指摘に、郡守はまた頭をかいた。
「かれこれひと月余り前になりますか、崔家は今年早々、嫁取りをしたのです。崔サンナムには倅が一人おりましてな。その倅に嫁を迎えました。ところが、祝言を済ませて五日後に当の倅が急死致しました。確か心ノ臓の発作で、医者が来るのも間に合わずで、まったく気の毒なことでした」
 あまり聞いていて後味の良い話ではない。
しかし、揉め事というなら、相談役としては聞かないわけにはゆかなかった。
「それは気の毒なことですね。まだ若かったのでしょう」
 郡守が鹿爪らしく頷いた。
「二十歳を少し過ぎたほどだそうです、二十一だったとか」
 若い、死ぬには若すぎる。亡くなった崔家の息子はコンより五歳も年下だった。
 だが、何ゆえ、倅と迎えたばかりの若嫁の失踪と繋がるのだろうか? コンは更に眉間の皺を深くした。
「失踪したのは、亡くなった倅の嫁ですか?」

 郡守が声を潜めた。
「さようです。実はですなぁ」
 また郡守が頭をかいた。言いにくそうに続ける。
「崔家の当主は、若嫁に自害を命じたそうです」