韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~哀しい現実ー僕たちには時間があると言った数日後、彼は急死したー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。

  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

 

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 武芸を恐らくたしなまないのであろう彼は、同じ年頃の若者のように逞しくはない。それでも、華奢な雪鈴に比べると、やはり男のひとは腕も太いのは当たり前だ。
 ハソンがそっと雪鈴の漆黒の髪に触れた。豪奢な簪を引き抜き、静かに脇に置く。
 いよいよ、あれが始まるのだ。雪鈴はグッと歯を食いしばり、母から聞いた話を記憶で反芻する。
 それは祝言を挙げて妻となった女が初めて迎える夫婦の閨事についての指南だった。母は顔を背けてしまいたいような淫らな絵が描かれている絵巻物をひろげ、逐一説明してくれたがー。実のところ、肝心な場面になると、母自身が顔を赤くして曖昧なぼかした言葉を使うため、一刻余りにも及んだ指南にも拘わらず、雪鈴は詳細な知識を得ることはできなかった。
 どういうものか、雪鈴が〝あれ〟に対して抱いているのは、良いものではなくむしろ苦痛に満ちた想像ばかりだ。恋愛小説には母の説明よりもう少しリアルな描写があるけれど、肝心な場面になると尻切れトンボになり、次の場面に切り替わってしまう。後は読者のご勝手にというわんばかりである。
 母は初夜の作法について、くどいほど述べた。
ー何事も旦那さまのおっしゃる通りにするのです。けして逆らってはなりません。
ー初めての瞬間は痛みを伴うものですが、無闇に声を上げてはなりません。ひたすら終わるまで耐えるのです。
 どうも、夫婦の閨事とはあまり楽しいものではないらしいと認識がある。
 抱き寄せた刹那、雪鈴が身を強ばらせたのが伝わったのか、ハソンはそっと雪鈴を離し顔を覗き込む。その瞬間、雪鈴はあろうことか、生あくびをしてしまった。またしても失態だ!
「も、申し訳ございません」
 飛びすさり平謝りに謝っていると、ハソンが側に来た。
「そんなに怖がらないで。先ほども言ったはずだ。無理をしないで疲れていたら、ちゃんと言うようにと」
 どこまで優しい男なのだろう。雪鈴は良人の眼をきちんと見つめて言った。
「朝早くから支度に追われていたもので、疲れているようです。もし旦那さまがお許し頂ければ、今夜はこのまま眠らせて頂いてもよろしいでしょうか」
 ハソンが頷いた。
「もちろんだ。私たちには、まだ時間はたくさんある。焦らず理解し合ってゆけば良い」
 結局、ハソンは雪鈴の婚礼衣装を脱がせなかった。雪鈴自身が自分で脱いだのだ。ハソンもまた花婿の正装を解き、二人は互いに背を向け合い、衣裳を脱いだのだ。既に世にも認められた夫婦である。着替えを見られたとしても差し支えはないが、ハソンなりに雪鈴の恥じらいを察してくれたのだ。
 居室には絹の分厚い布団が予め敷かれている。枕は二つあるけれど、布団は一つだ。当然だろう、自分は今夜から、このひとと夫婦になるのだから。
 自分から先に布団に入るのも気がひける。雪鈴の気持ちを理解したのか、ハソンがまず反対側から布団に入り、手招きした。
「ああ、寒い季節は布団の中が一番だな」
 と、笑う。
 つられて、雪鈴もクスリと笑みを零した。
そろそろと上掛けをめくり、身体を横たえる。
 ほどなくハソンが問うた。
「少し話をしても?」
「はい」
 頷けば、彼は自分自身について色々と話し始めた。例えば、どんな色、食べ物が好きか。幼い頃、犬を飼って可愛がっていたのが、母が動物嫌いなので、その犬が死んでからは二度と飼わせて貰えなかったとか。
 正直、雪鈴には退屈としか思えないような昔話ばかりだ。雪鈴は次第に眠くなってきたが、同じ失態は繰り返せない。
 ともすれば降りそうになる瞼を意思の力でこじ開けていた。だが、ついに限界が来て、徐々にハソンの声が遠くなり、意識は眠りの中に引き込まれていった。
「ーそういうわけで」
 話を続けていたハソンは、妻となったばかりの娘が規則正しい寝息を立て始めたことに気づいた。彼が微笑み、優しい眼で雪鈴を見つめる。
「そなたは随分と頑張り屋のようだから、私の方が気をつけてやらなくてはいけないな」
 雪鈴という名に負けない、美しい少女だ。まだ咲き始めたばかりの蕾だが、いずれ大輪の花のように艶やかに咲き誇るだろう。
 何より、一生懸命なところが可愛い。まだまだ女性としても人としても発展途上だけれど、雪鈴には素直さがあった。この美徳はこれから彼女を大きく成長させるはずだ。
 ただ、と、ハソンは少し眉をひそめた。何事にも完璧さを求める母は、この可愛い妻をあまり気に入らず、妻の美徳を理解できないのではないかという不安がある。
 粗相ばかりしている若い下女は、いつも母に鞭で叩かれている。ハソンは正直、下働きとはいえ、人が人を鞭打つのは抵抗があった。
 父が黙認しているのだから、ハソンの立場で母に意見はできないと控えてはいるがー。
 雪鈴はまだまだこれから伸びる若木だ。彼女が母の高い要求に応えられる嫁になるには、数年は必要だろう。
 雪鈴はどうやら辛くても困っても一人で耐えて、何とか頑張ろうとする性格らしい。それはそれでハソンにはとても好ましく思えるが、母にはただの未熟で出来の悪い嫁としか見えないのは判っていた。
 これは、良人たる自分が相当間に立って母の辛辣な視線から庇ってやらねば。すやすやと眠る妻を眺め、ハソンはまた笑みを零した。
「今日は長い一日で疲れたろう、ゆっくりお寝み」
 もちろん、夢の中の雪鈴が良人の言葉を聞くはずもなかったのである。
   
 果たして、嫁いで二日目の朝から、雪鈴はまたしても失態を犯すことになった。
 雪鈴が目覚めたのは、既に昼近くになってからのことだ。三度の食事は母屋で家族が打ち揃って取るのだと伝えられている。つまり、義両親と一緒なのだ。
 にも拘わらず、初日の初回から、雪鈴は義両親との食事をすっぽかしてしまったわけだ。
ーまたしてもやらかしてしまった。
 雪鈴は空っぽの布団の半分を見つめ、心で不平を言った。
ー旦那さまも起こして下されば良いのに。
 慌てて着替えて母屋に出向いたところ、果たして朝食はとっくに終わったと女中頭に言われた。