韓流時代小説 月下に花はひらく~真実ー光王の妻、香花は名門キム氏の息女!義両親の衝撃は大きく | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆☆連載☆☆韓流時代小説   漢陽の春~月下に花はひらく 

第6話では、美貌の義賊とお転婆美少女との、すったもんだ恋物語もいよいよ完結!!6話

 

☆これまでのお話☆

香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。

かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。
香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。 上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。


だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。。
しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。 それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

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 峻烈の学識の深さを慕い、敬愛する若者が朝鮮中から集まってきても、彼はいつも面会もせず門前払いを食わせるのが常だ。人嫌いで、よほど気に入った者でなければ親しく付き合わない。それゆえ、〝奇人〟だなどとも呼ばれている。
 この峻烈こそが、何を隠そう、天主教の信徒であり、需学者というのは、あくまでも天主教徒であることを隠すための隠れ蓑にすぎない。そのことを、香花は、かつて恋人崔明善から聞いて驚愕したものであった。
 儒教は身分の差を重んじ、この国を形作る考え方の根幹をなすものだ。その点、天主教では、人は皆、神の前では平等であると説いている。だからこそ、朝鮮にあっては、天主教を信ずることは厳しく戒められているのだ。まさに儒教の対極にある宗教―天主教を信じながら、それを隠すために需学者の仮面を被っている。
 香花には、俄には理解しがたい話であった。
 もちろん、真悦も、眼前のこの老人が熱心な信徒だと知る由もない。
 どこから話せば良いかと、老人がわずかに考えるそぶりを見せた。
「儂は若い時分から出不精でしてな、歳を取ってからは余計に人前に出るのが億劫になってしまいました。それが、今日、出て参ったのには相応の訳があります。この偏屈な年寄りが突然、お宅にお邪魔したのも、さる人に頼まれたからです」
「さる人とおっしゃいますと?」
 真悦が踏み込むと、峻烈は見事な顎髭を撫でた。
「金(キム)勇(ヨン)承(スン)という男をご存じですかな」
 老人の眼に、まるで相手を見定めるような鋭い光が一閃する。流石は朝鮮一の知恵者と呼ばれる需学者だ。一見、いかにも温厚そうな老翁だが、その瞳は全く隙がない。
 真悦は細い記憶の糸を手繰り寄せるように眼を伏せ、考え込み、はたと手を打つ。
「ああ、確か正七品(官吏の位、正七品から従九品が下級官僚)でしたね。博識で知られ、下級官吏にしておくのは惜しい男だという専らの噂でした」
「勇承が亡くなったのも、ご存じで?」
「はい、有能な人材を亡くしたと領(ヨン)相大(サンテー)監(ガン)を初めとする上の方の方々もよく話しておいででした」
 峻烈はその言葉には、満足げに頷いた・
「儂はその勇承と個人的に親しくしておりましてのう。仰せのごとく、若死にさせるには惜しい男でした」
 真悦も賛意を示すかのように頷いた。
「亡くなったときはまだ、三十九歳の若さだったように記憶していますが」
 峻烈は重々しく頷いた。その細い眼(まなこ)から一瞬、鋭い光が消え、代わりに哀しみがよぎった。峻烈が早世した盟友を心底から惜しんでいるのは確かなのだろう。
「金氏は勢いはたいしてないとはいえ、元を辿れば建国の忠臣として数えられる人物を出した名家として有名です。勇承が早死にした後は、跡を継ぐべき者がおらず、最早、家門は絶えたと聞いておりますが」
 それが金氏について真悦の知り得るすべてだ。名門には違いないのだが、何しろ、現在は逼塞してしまっていて、忘れ去られたような家門なのだ。
 峻烈は小さく頷いて見せた。
「勇承には一人娘がおりましてな、儂は直接逢うたことはないが、いつも勇承からよく娘の話を聞いておりました。子煩悩の良い父親で、よく娘のことを嬉しげに語っていました。この娘がまたよくできた者で、父親の血を受け継いだものか、女ながらも学問をよくし、父を凌ぐほどの秀才でした。そのところを買われて、崔家の二人の子どもたちの家庭教師を務めたこともある」
 会話の中の〝崔家〟には、真悦はすぐに思い当たった。三年近く前、国王への謀反に連座したとして処刑された人物―それが崔明善である。承旨という王に近いとされる官職にありながら、謀反を企てたとして極刑に処されたにも拘わらず、当時、明善に対する声は同情的なものが圧倒的に多かった。
 というのも、明善は左議政陳荘成の謀に加わったものの、事前に彼自身が国王へ陰謀の一切を密告したのだ。
 そのお陰で未然に謀を暴き、謀反を防げたにも拘わらず、国王の彼への処罰は相当に厳しいものだった。誰もがその生命まで取られることはなく、罪一等を減じられ、穏便な処置で済むと信じて疑っていなかったのだ。
 明善は平素から忠勤に励み、国王の信頼も厚かった。それだけに、余計に罪も軽いものだろうと安易に考えていたのである。
 しかし、若き国王完宗の怒りは深く、明善は市中を引き廻された上、首を斬られた。信頼していただけに、国王は明善に裏切られたという意識が大きかったのだ。完宗にとっては、謀反に連座していたという事実だけで、はや、許しがたかったのだろう。
 今では崔明善の名にせよ、二年余り前の謀反にせよ、人の口の端に上ることもなくなったけれど、明善の名はまだ人々の記憶の底に残っている。
「崔氏といえば、二年半前の謀反に連座した崔明善に縁(ゆかり)の家ですね。しかし、どうして、私にそのような話を?」
 真悦の面に明らかな警戒が浮かぶ。国王への謀反は不敬罪、大逆罪に値する。そのような大それた謀に名を連ねた人物の名を何故、今、ここで出さねばならないのか、理解に苦しむところだ。
 この俗世の欲などには一切縁も関心もなさそうな老人に、何の目的があるのかと疑いたくもなる。
 真悦の剣呑な雰囲気に、峻烈はからからと笑った。
「そんな怖い顔をなさるな。崔明善もまた、早死にさせるのは勿体ない男でした。末は左議(チヤイジヨン)政、右議(ウイジヨ)政(ン)どころか領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)にでもなれるほどの男だったと儂は思っていますよ。あれほどの男はもう二度と現れないでしょう。心から国や民を思うことのできる人物だった」
 束の間、遠い眼になった峻烈が真悦に視線を向ける。
「儂の妻と明善の母が姉妹の関係で、私はあれを倅のように思っていたのですよ。明善の二人の遺児たちは目下のところ、我が家で面倒を見ておりますでな」
 真悦は首を傾げた。我ながら気の長い方だと普段から思っているが、流石に忍耐力にも限界を自覚していた。
 この老人の突然の来訪の意味が全く判らないのだ。
「失礼ですが、先生のおっしゃることが、私にはよく見えてこないのです。金氏と崔氏両家のお話をなさいましたが、そのお話がどこでどう繋がっているのでしょう?」
 峻烈は訳知り顔で幾度も頷いた。
「そのようにお思いになるのは当然ですな。実は、最初にもお話したように、儂がこちらにお伺いしたのは、さる婦人から頼まれてのこと」
「そのご婦人の名をお伺いしても差し支えはございませんか?」
 真悦の問いに、朱烈は鷹揚に頷く。
「むろんです。その婦人は金香丹といいまして、金勇承の妻女の妹、つまり勇承の忘れ形見である娘の叔母なのです」
「なるほど」
 真悦が納得した頃合いを見て、峻烈は続けた。
「実は、真悦どののご子息の奥方は、その金香丹なる婦人の姪に当たります」
「な、何と」
 思ってもみなかった話の展開に、真悦は言葉を失った。
 我ながら迂闊だったと思わずにはいられない。金香花―、その名から、どうして金氏の娘だと思い及ばなかったのか。
 朝鮮に金氏の姓など、掃いて捨てるほどもある。よもや、香花が金氏を名乗っているからといって、あの名門金氏の血を引く娘だとは思ってもみなかった。
 真悦の脳裡に、初めて出逢ったときの香花の姿が咄嗟に甦る。身なりこそ町の娘と変わりなかったものの、その立ち居ふるまいや気品は紛う事なき両班の令嬢のものだとすぐに知れた。妻妙鈴がこれまで香花を身分賤しい娘だと貶める度、真悦は、それを否定してきた。
―あの落ち着いた挙措や気品ある物腰を見れば、あの娘が庶民ではなく、両班の息女であることは一目瞭然ではないか。そなたには、それだけのことが見えないのか?
 その都度、そう言い聞かせてみても、頑なになっている妻はけして認めようとしなかった。
 何度か香花自身にも正式な出自を訪ねたこともあるのだが、香花は曖昧に微笑むだけで、何も応えようとはしなかった。自分の生まれ育ちを敢えて口にしない裏には、相応の事情があるのだと察し、無理に聞きだそうとはしなかったのだ―。
 金氏は今でこそ零落しているが、先祖を遡れば、かつては修(ス)撰(チヤン)を出した名家なのだ。その令嬢と聞けば、自ずと得心がゆくというものだ。
 そこで、明善は、はたと思い当たった。
「そう申せば、ふた月ほど前に、香花の叔母だという女人が我が屋敷をひそかに訪ねてきたという報告を家人から受けたことがありました。名も身分も一切明かさず、ほんの四半刻滞在しただけで逃げるように帰っていったそうですが、乗ってきた乗り物一つ見ても、両班家の奥方であることは知れたと当家の執事が申しておりました」
 その日、明善は生憎と参内していて留守だったが、夜に帰邸した後、執事からひそかに報告を受けた。その女人こそが金香丹に相違ないと今なら、すぐに理解できる。
 その時、身分を明かさなかったのは、やはり無用の混乱と誤解を招きたくなかったからだろう。が、どうせなら、もう少し早くに真実を明かして欲しかったと思う気持ちもある。もっと早くに香花が名門金氏の正統な後継者だと知れれば、妙鈴が香花をあそこまで追いつめ、香花に我慢ばかりを強いずに済んだものを―。
 だが、それはそれとして、明善は、香花の叔母だという女性の配慮に好感を持った。朝鮮時代も後期に入ったこの時代、自らの身分を上げるため、金を積んで不当に名家の系図を手に入れ、両班を名乗る輩―〝偽両班〟が多かった。そんな風潮の中で、殊更身分をひけらかそうとしない控えめさは、真悦には随分と奥ゆかしいものに思えた。