韓流時代小説 月下に花はひらく~月は花にこいねがうー俺を嫌いにならないでくれ、側にいて欲しいんだ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆☆連載☆☆韓流時代小説   漢陽の春~月下に花はひらく 

第6話では、美貌の義賊とお転婆美少女との、すったもんだ恋物語もいよいよ完結!!6話

 

☆これまでのお話☆

香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。

かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。
香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。 上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。

だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。

しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。 それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

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「君、名前は何て言うの?」
「可愛いよね。歳は幾つ? 今日、店が終わったら、俺たちと遊ばないか。美味い飯を食わせる店を知ってるんだ」
「きれいな櫛やノリゲを売ってる店もあるぜ」
 二人が代わる代わる香花の気を引こうと必死の攻勢である。
 香花の可憐な面がたちまち蒼褪めた。
「おい、黙って突っ立ってないで、何か言えよ。酒場の女のくせに、両班のお嬢さまのように気取るんじゃねえや」
 香花は懸命に掴まれた手を振りほどこうとするも、まるで絡みついたかのように離れない。ねっとりと汗ばんだ男の手が気持ち悪い。それよりも、自分に向けられる粘着質な視線の方がもっと怖かった。
 香花が何の反応も見せないので、男たちは怒って騒ぎ始めた。
「おい、俺たちの話が聞こえないわけじゃないだろ」
「布団の上で可愛がってやったら、どんな声で啼くのかな? 是非、俺たちに聞かせてくれねえか」
 下卑た言葉を次々に浴びせられ、香花は固まったまま動けない。
 その一部始終を女将は物陰から見守っていた。あれほど絡んでくる客は真面目に相手にせず、適当にあしらって逃げろと言い聞かせたのだが、やはり、あの娘には無理だったようだ。
 香花が無抵抗になったのを良いことに、二人の行動はどんどん度を超してゆく。ついには、香花の尻や胸に手を伸ばし、香花は悲鳴を上げている。
「いやっ、何をするの。放して」
 一人が背後から抱きすくめ膝に載せた香花の胸を、もう一人がにやつきながら触っている。
 香花の大きな瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいた。
 昼時とて、周囲には大勢の客もいるのだが、見て見ぬふりをするどころか、〝いいぞ、やれやれ、全部脱がしちまえ〟だなどと無神経かつ無責任な暴言ではやしたてる客までいる有様だ。
 流石に女将が見かねて間に入ろうとしたその時、いきなり香花の胸を揉んでいた男が吹っ飛んだ。
 あまりにも素早い展開に、その場の誰もがついてゆけないでいた。その間にも、突如として現れた長身の男は香花を抱えた男から香花の手を引いて自分の方に引き寄せ、次いで唖然としている男を殴りつけた。
 降り注ぐ陽光が、男の髪を黄金色にきらめかせ、怒りに燃え上がったその双眸は海よりも深い蒼に染まっている。
「この野郎」
 光王は拳で二度、三度と男たちを殴りつけた。むろん、彼等も負けてはおらず、抵抗を試みるが、彼等と光王とでは力の差がありすぎる。まるで大人と子どもの取っ組み合いのようだ。
「もう良いよ、光王。ここらで止めときな」
 もし女将が止めに入らなければ、最悪、彼は香花を襲おうとした男たちを殴り殺していただろう。
 男たちが顔中、痣だらけになって這々の体で帰っていった後、女将は〝本日休業〟の札を表に下げた。
 女将の計らいで、香花と光王は座敷で話し合うことになった。女将は一つしかない座敷を香花のために空け、香花はここを居室として使わせて貰っているのだ。
 二人だけになった光王は何も言わず、ただ烈しい眼で香花を睨みつけているだけだ。
 ―怖い。
 どんな理由があるにせよ、彼の許から黙っていなくなったのだから、光王が憤っていたとしても仕方ない。でも、こんな風に苛々として凶暴な雰囲気を身体中に纏いつかせた光王は見たことがなくて、一緒にいるだけで身体が震える。
 香花が無意識に光王から身体を引いたのを見、光王がフと自嘲気味に笑った。 
「―これが、お前の応えなのか?」
「それは、どういう―こと?」
 辛うじて応えると、光王は皮肉げに口の端を引き上げた。
「お前がそれを訊くのか?」
 抑揚のない声は、それだけで彼の凄まじい怒りを物語っている。
「俺が嫌で、逃げ出したんだろう? 俺なんかのために、あの家にいるのが嫌で、出ていったんだろうが!」
 最後の部分は殆ど怒声に近かった。
 香花が思わずピクリと身体を震わせると、光王の眼がふっと細められた。その瞳の奥底に潜むものが何なのか、今の香花には皆目判らない。
「どうして、ここが―」
 どうしてここが判ったの? そう問おうとしたのだが、その応えは意外なところから返ってきた。
「あたしが知らせたんだよ」
 女将の静かすぎる声がやけに大きく響いたような気がする。
 彼女は酒肴の載った小卓を捧げ持ち、すべるように室に入ってきた。
「悪く思わないでおくれ」
 女将は香花に微笑みかけると、改めて小卓を挟んで光王に向き直った。小卓の上の銚子を手に取り、二つある盃に酒を満たしていく。
「ま、一杯おやりよ」
 光王は差し出された盃に顔をしかめた。
「悪いが、今はそんな気分じゃない」
「あら、勿体ない。昔のよしみで、あんたには特別に上等の酒を出してやったのにさ」
 女将はからからと笑うと、自分がその盃をひと息に干した。流石は酒場の女将だけあって、見事な呑みっぷりだ。
 そんな女将を感情のこもらない瞳で見つめ、光王が憮然として言った。 
「笑わせるよな、柄にもなく親孝行をしようとしたら、引きかえに惚れた女に逃げられちまった、全く、らしくもないことなんぞ、するもんじゃねえや」
 ぶつくさ零す光王を、女将は笑いながら見ている。まるで姉がいたずら者の弟を眺めているような、余裕を感じさせる視線だ。
 光王がこんな風に甘えられる女将は、やはり大人の女なのだろう。
 果たして、この男が自分にここまで素顔を晒し、甘えたことがあったろうか。逆に、いつも香花の方が光王に守って貰ってばかりだった。そう思うと、香花の眼に熱いものが滲んでくる。  
「あんた、見かけはどこから見ても、立派な両班の若さまなのに、中身は全然変わってないねえ。それにしても、見違えたよ、上物のべべ着てさ。うっかり近づいたら、〝こんな薄汚い女なぞ知らぬ〟だなんて、すげなくされそうだよ? まあ、あんたが両班の坊ちゃんだっただなんて、仰天したの何のって」
 横柄な両班の声色を真似ての女将の揶揄にも、光王は仏頂面で鼻を鳴らしただけだ。
「俺のお袋は妓生だから、正確に言やア、俺は両班じゃない。正室の子ということで、跡継になったんだ」
「じゃ、素姓をごまかしたんだねえ」
 けらけらと笑う女将をじろりと一瞥し、〝何がおかしいのやら〟とふて腐れている。その様は、まるで子どもだ。
 香花は、女将の前では別人のようになる光王を見て、また新たな衝撃を受けていた。
「何で、こんな妓生紛いのようなことをさせるんだ?」
 誰とは名指しせずとも、光王が言いたいのが他ならぬ自分のことだとは判る。
 女将はむくれる光王を見て、大いに嘆息した。
「それほど大事な女なら、どうして手放したりするのさ」
「俺が手放したわけじゃない、こいつが勝手に出ていったんだ」
 その言葉に、香花は瞳を揺らす。
 こいつが勝手に出ていったんだ―、その言葉は香花の心を深く抉った。
 心が、泣いている。傷つき、血の涙を流している。でも、真実(ほんとう)のことは言えない、言えるはずもない。
「あんたもつくづく馬鹿だねえ」
 女将の呆れたような声が、香花の意識を現実に引き戻す。
「俺のどこが馬鹿だっていうんだ?」
 光王は自棄(やけ)のように言い、手を伸ばして小卓の盃を奪い取ると、一気に煽った。
「あんたはつくづく女の気持ちってものが判ってないね。嫁いできた家でたった一人―、しかも、こんなこと言っちゃ悪いけど、あんたは奥方の本当の息子じゃなくて、奥方はあんたを憎んでる―そんな婚家に嫁にきたばかりの新妻の気持ちにもなってごらんよ。毎日が針の筵じゃないのかい。しかも、屋敷には、あんたのれっきとした許嫁まで居座ってるっていうじゃないか」
「俺が呼び入れたわけじゃない。向こうが勝手に押しかけてきたんだ」
 またも自棄のように言う光王に対して、女将は肩を竦めた。
「惚れた女が出ていったのも女の勝手なら、歓迎すべからざる女が来たのも向こうの勝手、それがあんたの言い分なのかい、光王。どうしようもない女たらしが使う言い逃れのための常套句だね」
「俺は―、香花がいないと駄目なんだ。香花の笑顔が見えなくなっただけで、ここのど真ん中にぽっかり大きな穴が空いちまったような、妙に空しい気分になっちまう」
 光王は自分の心臓の辺りを指で押さえた。
「お願いだ、香花。俺を嫌いになったとしても、構わない。俺の傍にいてくれ」
 俺はお前がいないと駄目なんだ。
 もう一度、振り絞るように呟く光王を目の当たりにし、香花はうつむいた。顔を上げていれば、溢れ出した涙を見られてしまうからだ。