韓流時代小説 月下に花はひらくーさよなら〜愛しているからこそ別れる。それが私なりの答えだからー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆☆連載☆☆韓流時代小説   半月~月下に花はひらく 

第5話

 光王の出生の秘密の全貌が明らかに! 出会いから二年目で香花と光王は漸く結ばれる。。 

☆これまでのお話☆

香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。

かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。
香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。 上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。

だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。。
しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。 それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

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 永遠に終わらないかと思う沈黙が続く。
 息もつけないような重苦しさの中、誰もが声を出そうとはしなかった。
 意外にも、その沈黙を最初に破ったのは光王だった。
「だが、あんたの話によると、お袋の方から、あんたを袖にしたんだろ」
 突如として発せられた光王の言葉は、香花にとっても彼の父にとっても予想外のものだったようだ。
 真悦が緩く首を振る。
「別れの科白を言わせたのは、私だ。それに、ヨンウォルが別れようと言い出した時、もっと言葉を尽くして説得していれば、彼女の気も変わったかもしれない。あの時―彼女がもうおしまいだと言った日、私はとりなすすべもなく、すごすごと引き返してしまった。あのときの私の心の中に、彼女の方から別れを切り出してくれてホッとした気持ちがどこかになかったとは言い切れない」
 その時、香花は悟った。
 光王の母は、わざと自分の方から恋人に別離を切り出したのではないか。自分がいては、真悦の前途を阻んでしまう。自分やお腹の子は、愛する人の道の妨げとなると知り、自ら身を退いたのではないか。
 彼女と結婚すれば、真悦は両班という身分も官吏としての未来もすべて失うことになる。しかし、彼女と別れ、許嫁を妻に迎えれば、礼曹参判の娘聟として輝かしい前途がひらけるだろう。
 結婚によって失うもの、得るもの。彼のためにすべてを計算した上で、ヨンウォルは身を退いたのだ。
 香花は光王をそっと窺い見た。彼は勘の鋭い男だ。盗賊集団〝光の王〟が押し入ったのは、すべて名だたる両班―大臣クラスの屋敷ばかりであった。そこまで都で華々しく活躍しながらも、けして捕まらなかったのは頭領である彼の采配の見事さにあった。緻密な計算力と機を見る洞察力、決断力、リーダーとして必要なすべての要素を光王は持っている。
 そんな彼だから、父の話を聞いた今、その陰に隠れた真実に気付かないはずがない。香花が今、感じているのと同じことを彼もまた悟ったはずだ。
 しかし、光王の整いすぎるほど整った横顔からは、彼が真実を見抜いたかどうかは推し量れない。
 地面に膝をつき、〝済まない〟と繰り返す父親の前にぶっきらぼうに光王の手が差し出された。
「立てよ、そんな風に座り込まれてたら、こっちの方が見てられない」
 息子に手を引かれて立ち上がりながら、真悦が真っすぐに光王を見て言った。
「だが、これだけは信じてくれ。私のそなたの母への気持ちは確かに真のものだった。二十八年前、私はヨンウォルに夢中だった」
 〝そなたが今、可愛い嫁に夢中なようにな〟―、最後にそんな科白が付け加えられ、光王が真っ赤になった。
「な、何を突拍子もないことを言い出すんだよ、糞親父
 それは光王が真悦を初めて父親と呼んだ瞬間だった。手を振りほどき、そっぽを向いた光王に、真悦が穏やかな微笑をひろげる。
 その慈しみに満ちた微笑に、香花は紛れもない息子を見る父の温かなまなざしを見た。
「―帰ってきてくれぬか」
 その問いかけに対する言葉は、ついに最後まで聞けなかった。
 光王は何も応えず、ただ両手を組んで、その場にひれ伏した。二十七年の生涯で初めて出逢った父へ息子の心からの拝礼であった。
 この時、香花は確信した。
 切れかかっていた二人の縁の糸は、辛うじて繋ぎ止めることができたのだ―、と。

  月下にひらく花 

 二十七年ぶりにやっと和解した父を光王はそのまま町まで送っていった。真悦によれば、明日の朝、夜明けと共に漢陽に向けて出発するのだという。
 戻ってきた光王と夕飯の膳に向かいながら、香花は笑った。
「どうせなら、明日の朝も見送りにいってきたら良いのに」
「いや、それはもう良い。言いたいことはすべて伝えておいたから、俺の気持ちは親父にも伝わってるはずだ」
 光王は、あれほど頑なに拒んでいたのが嘘のように、さらりと〝親父〟と口にする。それが香花は心底嬉しかった。
「俺なりに考えたんだが」
 飯を半ばほど食べたところで、唐突に光王が口を開いた。
 いつになく真面目な彼を見て、ふと香花の胸に不安が兆した。
「なに? いきなり改まって、どうしたのよ」
 茶化すように言ってから、これでは、立場が逆だと思った。いつも香花が光王に真剣な話をしようとすると、すぐに揶揄する口調ですんなりと交わされてしまうのだ。
 しかし、香花の笑みにも光王は引きしめた表情を緩めることはなかった。
 これはただ事ではない―と、香花は不安が波のように押し寄せてくる。
 そして、その予想は図らずも当たった。
「漢陽に行こうと思う」
 短く決意を告げた光王を香花は唖然として見つめた。それでも、香花は心のどこかで、こんな事態を漠然と予測していたのかもしれない。光王が父親と和解したその瞬間から、彼がいつか都への帰還を宣言するのではないかと覚悟していたような気もする。
 光王は本来、優しい質の男だ。漸くめぐり逢え、理解し合えた父の懇願を無下にすることはできないだろう。
 ただ、まさか、そのときがこんなにも早く訪れるとは流石に想定していなかったけれど。
「親父もそろそろ五十近い。今更かもしれないが、これまで親孝行できなかった分―お袋の分まで何かしてやりたいんだ」
「それって、つまり、お父さんの望みどおり、家を継ぐってことよね」
 自分でも未練だとは思ったけれど、もう一度訊ねずにはいられなかった。
 香花の心中を知って知らずか、光王は淡々と頷く。
「俺の母親は妓生だから、今のままでは跡取りの座には据えられないと言われた。親父の考えでは、俺を正室の生んだ子として迎えるつもりのようだ」
 父親が両班でも、母親の身分が妓生では両班にはなれない。当時の朝鮮では、父親だけでなく母親の身分も重要視された。
 そのため、真悦は光王を長年、寺に入れて修業させていた正室腹の次男として届け出た上で、新たに後嗣の座に据えるつもりだと光王自身に告げたのである。
 決断力のある男がここまではっきり言うからには、既に都行きは決まっているのだ。それならば、香花には何も言うべきことはない。
 光王の将来を思えば、田舎の地方で一介の行商人として終わらせるのは忍びない。彼ほどの男なら、両班として生きていっても、必ずや頭角を表しエリート官吏にもなれるはずだ。彼にとっては、むしろ、今回の予期せぬ運命の展開は飛躍のまたとない好機となるだろう。
「よく決意したわね」
 香花としては心からの言葉であったけれど、光王は少し自嘲めいた笑みで応えた。
「あれほど嫌い抜いていた両班の連中の仲間になるなんざ、本音を言えば気が進まねえが、逆に考えれば、その立場になってこそできることもあるんじゃないかと思ってさ。香花、やるからには、俺は中途半端なことはしないつもりだ。いずれは国を動かす承相になって、この国のあり方を根本から変えて―いや、両班なんて威張り腐った特権階級そのものをこの世からなくしてやる」
 その後で、照れたように肩を竦める。
「ま、言うほど容易くはないだろうがな」
 香花は微笑んだ。
「あなたなら、きっとできるわ。何しろ、あなたは〝光王〟なんだもの」
 確かに口にするほど簡単なことではない。しかし、この男なら、やり遂げても不思議はないだろうと思う。これまででも不屈の意思の力で、不可能を可能に変えて生きてきた男、かつては〝天下の大盗賊〟と謳われ、闇の世界を牛耳っていた男だ。
 今、光王は人生の中の一つの大きな転換期に来ているともいえる。
 その一方で、香花は、光王の心の変化が嬉しくもあり、淋しくもあった。幾ら恋い慕っていても、香花は光王についてはゆけない。
 光王の父成真悦は見たところ、かなりの地位にある両班のようであった。香花自身も両班の息女ではあっても、さして由緒ある家門でもなく、彼女の曾祖父、祖父、そして父も下級官吏にすぎなかった。
 しかも金氏は今や、香花しか跡目を継ぐべき人間はおらず、家門は断絶寸前である。このまま香花が聟を迎えず、他家に嫁いでしまえば、金氏は完全に廃絶してしまう。香花としては、それだけは避けたいと考えているのだ。
 香花がこれまで光王との結婚―慕う男との幸せな生活を夢見ながらも、今一つ踏み切れなかったのには、実家の再興という現実問題があったのも事実ではあった。それは男と結ばれることへの不安などという乙女の感傷とは全く別次元の悩みであったのである。
 光王が漢陽に戻り、晴れて成氏の若さまとして迎えられるというのなら、尚更、香花は光王と結ばれることはあり得ない。香花が成家に入れば金氏が絶えるし、第一、金氏のように力のない―しかも逼塞した家門の娘を成家がすんなり嫁として認めるとは思えない。
 幾ら悩んでみても、香花はここで光王と別れるしかないのだ。
 とうとう別離の瞬間(とき)が来たのだと思って、覚悟しなければならない。光王を愛しているから、大切だと思うからこそ、微笑んで見送らなければいけないと思うものの、いざそのときが来れば、自分にできるかどうかは判らなかった。
 その時―、香花は光王の母ヨンウォルの気持ちが初めて判ったような気がした。