韓流時代小説 月下に花はひらく~慟哭ー旦那様が処刑された、絶望で倒れた私を光王が優しく抱きしめて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆☆新連載☆☆韓流時代小説  月下に花はひらく

 

香花(ヒャンファ)は14歳。
早くに母を失い、下級官吏だったた優しい父と二人暮らしであったが、その父も病気で失った。

かつては名門として栄えたキム家であったが、今は没落の一途を辿るどろこか、香花に婿が見つからなければ、断絶になってしまう。
香花は没落した実家を建て直すため、高官の屋敷に奉公に出ることになった。 上流貴族の子どもの家庭教師として住み込みで働くことになったのだ。

だが、やがて、その屋敷の主人に惹かれ、恋に落ちる。。。
しかし、相手は愛妻を失い、いまだに忘れられず、二人も子どものいる男であった。
やがて、その男が怖ろしい国を揺るがす陰謀に荷担していることを知る香花。 それでもなお男を信じようとする彼女の前に、光王(カンワン)と名乗る美貌の義賊が現れる―。

 

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 香花は逃げる。
 夢中で走りながら、幾度も背後を振り返る。
 すぐ真後ろまで長い手がひょろりと伸びてきて、逃げる香花の手脚に絡みつく。手は何本もあって、香花の両手、両脚、腰回りに絡みつき、がんじがらめに縛める。
―い、いやーっ。
 更に伸びてきた無数の手が香花の身体の至る箇所をまさぐる。小柄な割には豊かな胸のふくらみや、すんなりとした両脚、更には太股の狭間を蠢き、這い回る。
 気が付けば、香花は一糸まとわぬ裸だった。
 必死で逃れようとあがいても、蔓のように伸びた手に自由を奪われ、身動きすら、ままならない。
 瞼に下卑た笑いを浮かべる男たちの貌がちらつく。香花の白い膚を卑猥な眼で犯し、舌なめずりしていた男たち一人一人の貌がありありと甦った。
―誰か、助けてっ。
 香花が叫んだ時、遠くから呼び声が響いてきた。
――ファ、香花。
 誰、私を呼ぶのは? ううん、誰でも良い、私を助けて、ここから救い出して。
 香花が絶叫したまさにその瞬間、力強い腕が差し出された。
―これに掴まれ。
 香花の身体を軽々と抱き上げ、引っ張り上げてくれる逞しい腕に、彼女は縋りつく。
「香花、おい、香花、しっかりしろ」
 呼び声に、ハッと眼を開く。
「―光王」
 香花は自分を助けてくれた男の名を呟き、褥に身を起こす。思わず重心を崩してふらつきそうになるのを、光王が脇から手を貸して支えてくれた。
「私、どうしちゃったのかしら」
 額を押さえると、光王がいつになく優しい声音で言った。
「夢を見ていたんだ」
「―夢? 私は夢を見ていたの」
「ああ、随分とうなされていた」
 香花は視線をゆっくりと動かした。扉の向こうは、もう茜色に染まっている。障子を通して蜜色の光が差し込み、色褪せ、すり切れた畳が夕陽の色に染まっていた。遠くから、かすかに蝉の声が響いてくる。
 よほど疲れていたのだろう。ほぼ丸一日、ここで眠り続けていたことになる。
 隣を見ると、一緒に眠っていたはずの桃華と林明はいない。思わず顔色を変えた香花に、光王が安心させるように言った。
「大丈夫だ、子ども二人は、かれこれ一刻ほど前に眼が醒めて、腹が減ったというんで、女将が今、飯を食べさせてる」
「もう、行かくちゃ」
 無意識の中に立ち上がろうとして、また、よろめいた。
「行くって、どこに行くんだ?」
「だって、いつまでもここでお世話になるってわけにはゆかないわ」
 そこで、香花は慄然とした。
 今は夕刻、黄昏刻だ。確か、今朝、光王は言わなかったか。
―香花、崔明善が今日の昼過ぎに処刑されるらしい。
 あのときの光王の言葉が甦り、香花は身震いした。
―明善さまっ!!
 無我夢中で立ち上がり、部屋を出ようとする香花を光王が後ろから抱き止める。
「そんな身体で、一体どこに行くっていうんだよ?」
「私、私、行かなくちゃ。旦那さまが、明善さまが逝ってしまう」
 私を置いて、一人ぼっちにして逝ってしまう。
 香花の眼に涙が湧いた。
「香花、落ち着いて聞いてくれ。明善の処刑は予定どおり行われた。一時は生命を危ぶまれたが、苛酷な拷問にも最後まで耐え抜き、従容として死に臨んだそうだ」
「―!」
 香花の身体から、すべての力が抜けた。
 くずおれるか細い身体を抱き止め、光王が言い聞かせる。
「明善は最後まで何かを握りしめていたそうだ。普通、首を刎ねられる寸前には、何も手に持つことは許されないが、明善が立ち会いの役人に自ら頼んだそうだ」
―これを持って死出の旅に出ることをお許し願いたい。
 役人が検分したところ、明善が差し出したのは、紫陽花を刺繍した一枚の布であった。
 明善の表情に何か感じるものがあったのか、その役人が情理を備えた人物であったのか、明善はそれを手に持つことを許され、死刑執行人の刃が振り下ろされる瞬間も手にしっかりと握りしめていたのだという。そして―、首が胴体から切り落とされた後も、彼はその手に刺繍を握っていた。
 明善の亡骸は張家の者が引き取りにきて、荼毘に付された後、知り合いの寺で手厚く葬られた。その際、明善の手から刺繍を取り上げようとしても、五本の指は固く閉じられたままで、けして開くことはできなかった。皆は諦め、明善が死してなお、これを手放したくなかったのだと言い合い、そのまま葬った―。
 光王から明善の最期を聞き、香花は涙が止まらなかった。
「あんな風に死んで良い人ではなかったのに! どうして、どうして明善さまが」
 香花はチョゴリの袖からロザリオを取り出した。この国では禁忌とされている異国の教えを象徴するクルスである。
 光王はそれを見て、かすかに眼を細めたものの、何も言わなかった。勘の良い彼のことだ、何も聞かずとも、そのロザリオがそも誰の形見かはすぐに察しただろう。
 香花は今は本当に明善の遺品となってしまったロザリオを頬に押し当て、身を揉んで泣いた。
 涙を堪えながら、ロザリオを首に掛ける。
 そのまま両手を組んで、宮殿の方向に向かって拝礼を行った。宮殿前の広場で処刑された最愛の男に最後の別れを告げたのだった。
 光王は何も言わず、ずっと香花の傍に付いていてくれた。